着床に伴う子宮内膜の脱落膜化において、コラーゲンを中心とした細胞外マトリックス(ECM)の再構築が重要であることを、ヒトおよびマウスのシングルセル解析により解明
◆Hippo シグナルのエフェクターであるTAZ(WWTR1)が、ECM 関連遺伝子群を制御し、脱落膜形成を誘導する中核因子であることを発見
◆子宮特異的TAZ欠損マウスでは、脱落膜化不全、血管形成障害、栄養膜細胞の侵入不全が生じ、胚の早期消失と不妊を引き起こすことを実証
◆本成果が、不妊症や胎盤形成異常、胎児発育不全などの妊娠合併症に対する新たな診断・治療法の開発につながることを期待TAZ による脱落膜形成と妊娠制御
概要
東京大学医学部附属病院の藍川志津特任研究員(研究当時/現・筑波大学生存ダイナミクス
研究センター准教授)、東京大学大学院医学系研究科の賀雪婷(医学博士課程:研究当時)、廣
田泰教授らは、着床期子宮内膜(注1)における脱落膜化過程において、Hippoシグナル(注2)
のエフェクターである TAZ(WWTR1)( 注 3)が、コラーゲンを中心とした細胞外マトリックス
(Extracellular matrix:ECM)(注 4)の再構築を制御し、胚の着床とその後の正常な胚発生・
胎盤形成に必須の役割を果たすことを明らかにしました。シングルセルRNAシーケンス(注5)
および空間トランスクリプトーム解析(注6)により、TAZが子宮内膜間質細胞におけるECM関
連遺伝子群の発現を誘導し、脱落膜形成および血管新生を促進することを見いだしました。さ
らに、子宮特異的TAZ欠損マウスを用いた解析から、TAZの欠損が脱落膜化不全、胚の浸潤障
害や流産・新生児致死を引き起こすことを示し、TAZ が着床後初期の子宮内環境形成に不可欠
であることを実証しました。
不妊症は世界の成人人口の約6人に1人が直面する重要な課題であり、日本においても生殖
補助医療の需要は年々増加しています。しかし、良好な胚を移植しても妊娠に至らない着床不
全は依然として大きな問題です。本研究成果は、着床期における子宮内膜環境の形成機構の一
端を明らかにしたものであり、不妊症や胎盤形成異常、胎児発育不全、さらには妊娠高血圧症
候群などの妊娠合併症に対する新たな診断・治療法の開発につながることが期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
着床は、子宮内に入ってきた胚が子宮内膜と結合する最初のステップで、その後の妊娠維持・
胎児発育を大きく左右します。着床は、胚が着床する位置を決定し(胚配置)、子宮内膜に接着
する過程(胚接着)、さらに、胚の最外層に位置する栄養膜細胞が子宮内膜に入り込む過程(胚
浸潤)を経て成立し、その後胎盤が形成されます(図1)。胚を受け入れる子宮内膜は主に、上
皮細胞と線維芽細胞系の間質細胞から構成されます。胚が上皮細胞に接着すると、子宮内膜の
組織構造は大きく変化します。特に間質細胞では、脱落膜細胞(注 7)と呼ばれる細胞への分
化が生じることが知られており、これにより子宮が肥厚するとともに、脱落膜細胞の領域では
胚浸潤が活発に生じ、その後の胎盤形成を支持することが明らかとなっています(図1)。着床
のそれぞれのステップは正常な妊娠の成立に不可欠であり、胚・子宮内膜間相互作用は厳密に
制御される必要がありますが、その詳細な分子機構はいまだ謎が多く残されています。
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図1:着床の過程
マウスにおける着床のモデル図。子宮内に到達した胚は、適切な位置に到達する(胚配置)と子宮内膜上皮に
接着する(胚接着)。胚を取り囲む上皮細胞層は深い谷底状の形態を取り、この中で胚の生育が進行していく。
同時に、子宮内膜上皮の一部が消失し胚の栄養膜細胞が脱落膜(黄色)に進入する(胚浸潤)。
〈研究の内容〉
着床後の子宮内膜では、胚の発育を支えるために「脱落膜化」と呼ばれる大規模な組織再構
築が起こります。この過程が破綻すると、流産や胎児発育不全、妊娠高血圧症候群などの原因
となることが知られていますが、その分子機構の詳細は十分に明らかになっていませんでした。
まず本研究では、ヒト子宮内膜のシングルセルRNAシーケンスデータを再解析し、正常な脱
落膜ではコラーゲンを含むECM関連遺伝子の発現が高い一方で、異常脱落膜では炎症関連シグ
ナルが優位であることを見いだしました。このことから、正常な脱落膜形成にはECMの適切な
再構築が重要であることが示唆されました。さらに、細胞間相互作用の解析から、脱落膜化に
伴うECM再構築の過程において、HippoシグナルのエフェクターであるTAZ(WWTR1)が、ヒト
およびマウスの正常脱落膜細胞で高発現していることに着目しました。着床期マウス子宮の免
疫染色の結果、TAZ は胚接着後に間質細胞核内へ移行し、脱落膜形成の進行とともに広範に発
現することが確認されました。
次に、妊娠子宮におけるTAZの機能を明らかにするため、TAZを子宮特異的に欠損したマウ
ス(Taz uKO)を作製して解析を行ったところ、胚発育の遅延や胚吸収が生じ、最終的に産仔数
の著しい減少と出生後生存率の低下を示すことが明らかとなりました(図2a、b)。組織学的解
析では、TAZ欠損子宮において脱落膜化の開始異常および胚吸収(図2c)が認められました。