「窓ガラスの硬さ・脆さ」を「砂の詰まり」の物理で紐解く ―窓ガラスと砂団子の剛性獲得は同じ物理機構に基づく―

代表者 : 森 龍也  

窓ガラスでは、Si–O共有結合ネットワークが、自由度と拘束数がちょうど釣り合った「等拘束性」を有し、剛性がちょうどゼロになる臨界的な状態にあることを明らかにした。
等拘束的な共有結合ネットワークに、ファンデルワールス力やクーロン力といった弱い相互作用が加わることで、窓ガラスが剛性を獲得し、その硬さと脆さが生じることを示した。
本成果は、共有結合性ガラス全般に対する剛性の基礎的理解を確立するものである。将来的には、等拘束性の観点に立った新しいガラス材料の開発手法へと発展することが期待される。
概要
東京大学大学院総合文化研究科の水野英如助教、筑波大学数理物質系物質工学域の森龍也助教、大阪大学産業科学研究所の南谷英美教授、イタリア・トレント大学のGiacomo Baldi准教
授らによる国際共同研究チームは、窓ガラスの硬さと脆さの起源が「砂の詰まり(ジャミング転移)」の物理によって説明できることを示しました。これにより、窓ガラスと砂団子が剛性
を獲得する仕組みが、共通の物理機構に基づくことが明らかになりました。砂場の砂を手でぎゅっと握ると砂団子ができる現象は、多くの人にとって身近なものでしょう。この現象は、物質が「硬さ(剛性)」を獲得する仕組みを理解するうえで、基本的な物理
現象です。粒子同士の拘束(接触)が増えるにつれて自由な動きは次第に制限され、物質は固
体のように振る舞うようになります。本研究チームは、この「自由度と拘束数の釣り合い」と
いう観点から窓ガラスの硬さの起源に迫るために、原子・分子の動きを追跡する分子動力学シ
ミュレーション(注1)を用いて、シリカ(SiO2)ガラス(図1)を解析しました。
図1.分子動力学シミュレーションによって再現したシリカガラス
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青丸はシリコン(Si)原子、赤丸は酸素(O)原子を表す。シリカガラスでは、Si原子を中心に四つのO原子
が共有結合で結びついた「四面体」が基本単位となっており、これらの四面体が頂点の酸素原子を共有しなが
ら、網目状のネットワーク構造を形成している。
その結果、Si–O 共有結合から成るネットワークは、自由度と拘束数がちょうど釣り合った
「等拘束性(isostaticity)」(注2)の状態にあることが分かりました。これは、ネットワー
クが安定と不安定の境界にあることを示します。このネットワークに、ファンデルワールス力
やクーロン力といった弱い相互作用が加わることで、シリカガラスは有限の剛性を獲得します。
すなわち、窓ガラスの硬さと脆さは、「臨界的なネットワーク骨格」と「弱い相互作用による
安定化」の組み合わせによって生み出されていることが明らかになりました。さらに、等拘束
性が、散乱実験で繰り返し観測されてきた「過剰な柔らかい振動励起」(図2)を生み出すこ
とも明らかになり、理論・実験・シミュレーションが整合した理解が確立されました。
図2:散乱実験によって観測される動的構造因子(散乱断面積)のシミュレーション結果
実験で繰り返し観測されてきた、周波数≈1THz付近に現れる、波数に依存しないブロードな励起帯が再
現されている。この励起帯は、Si–O共有結合ネットワークが有する「等拘束性」に由来して生じる。
本研究成果は、シリカガラスを含む共有結合性ガラス全般に対する剛性の基礎的理解を確立
するものです。今後は、この枠組みを共有結合性ガラス全般へ適用し、等拘束性の考え方に基
づいて硬さと脆さを体系的に理解することが重要です。その先には、等拘束性の観点に立った
新しいガラス材料の開発手法へと発展することが期待されます。
発表内容
窓ガラスは、私たちの暮らしに欠かせない、最も身近な材料の一つです。その主成分は、シ
リコン(Si)原子と酸素(O)原子から成るシリカ(二酸化ケイ素、SiO2)です。シリカを高温
で溶かした液体を冷却し、結晶化させずに固めてできる「ガラス(非晶質固体)」はシリカガ
ラスと呼ばれ、窓ガラスの材料として広く用いられています。
シリカガラスの内部では、シリコン原子を中心に四つの酸素原子が共有結合で結びついた「四
面体」が基本単位となっており、これらの四面体が頂点の酸素原子を共有しながら、網目状の
ネットワーク構造を形成しています。しかし、このように身近な材料でありながら、このネッ
トワークがどのようにして「硬さ(剛性)」を生み出しているのかは、いまだ十分には解明さ
れていません。
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物質が剛性を得る身近な例として、砂場の砂を手でぎゅっと握ると砂団子ができる現象が挙
げられます。サラサラしていた砂が密に詰まることで固体のように振る舞うこの変化は、多く
の人が経験したことのある身近な出来事でしょう。この現象は、物質が「硬さ(剛性)」を獲
得する仕組みを理解するうえで重要な基本例であり、物理学では「ジャミング転移」と呼ばれ、
非平衡統計物理やソフトマター物理の分野で研究されてきました。砂団子が硬さを得るのは、
砂粒子同士の接触が増えるにつれて自由な動きが次第に制限され、やがて全体として動けなく
なるためだと分かっています。満員電車の中で人が身動きが取れなくなるように、拘束が増え
るほど流れにくくなり、最後には固まるのです。
こうした「自由度と拘束数の釣り合い」という考え方は、砂や人の詰まりにとどまらず、原
子や分子が固体を形成する現象にも適用できると考えられます。東京大学、筑波大学、大阪大
学、イタリア・トレント大学の国際共同研究チームは、この観点から窓ガラスの剛性の起源に
迫るために、原子・分子の動きを計算機上で追跡する分子動力学シミュレーションを用いてシ
リカガラスを精密に再現し、その内部のネットワーク構造を詳細に解析しました。
研究チームは、Si–O共有結合ネットワークが、自由度と拘束数(結合数)がちょうど釣り合
った「等拘束性(isostaticity)」の状態にあることを明らかにしました。言い換えると、この
ネットワークは安定と不安定の境目にあり、共有結合だけを考えると、剛性がちょうどゼロに
なる臨界的な状態にあると言えます。ところが、実際のシリカガラスでは、Si–O共有結合に加
えて、ファンデルワールス力やクーロン力といった相互作用も働いています。これらの「弱い
相互作用」がネットワークを安定化し、有限の剛性を与えます。したがって、「臨界的なネッ
トワーク骨格」と「弱い相互作用による安定化」の組み合わせが、窓ガラスの硬さと脆さの両
面を生み出していると考えられます。
この等拘束性は、剛性だけでなく、原子の振動励起にも明瞭に現れます。シリカガラスでは、
固体の標準的な理論であるデバイ理論が予測する以上に過剰な振動励起が現れることが、光散
乱、非弾性X線散乱、非弾性中性子散乱の実験によって繰り返し観測されてきました。研究チ
ームは今回のシミュレーションにより、シリカガラスが安定と不安定の境界にある等拘束的な
ネットワークを持つため、「過剰な柔らかい振動励起」が生じることを明らかにしました。こ
れにより、ジャミング転移の物理で培われた理論的枠組み、散乱実験によって得られてきた観
測事実、そして計算機シミュレーションの結果が、一つの統一的な描像のもとで整合的に理解
できることが示されました。
今後は、この枠組みをシリカガラス以外の共有結合性ネットワークガラスへ展開し、等拘束
性の考え方に基づいて硬さと脆さを体系的に理解することが重要です。また、密度・温度・圧
力を変えたときの剛性や振動励起の変化を等拘束性の観点から理解することで、ガラスの物性
理解をさらに深め、材料設計へとつなげられる可能性があります。さらに、散乱実験データの
整理と高度化を進めることで、既存データの再解釈や将来の実験計画の最適化にも貢献すると
期待されます。
本成果は、2026年5月29日(日本時間)に、米国科学アカデミー(National Academy of
Sciences)が発行する学術誌 Proceedings of the National Academy of Sciences of the
United States of America(PNAS)のオンライン版で公開されました。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院総合文化研究科 広域科学専攻
水野 英如 助教
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筑波大学
数理物質系 物質工学域
森 龍也 助教
大阪大学
産業科学研究所
南谷 英美 教授
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(PNAS)(オンライン版:2026年5月29日)
題 名:Boson peak in covalent network glasses: Isostaticity and marginal stability
著者名:Hideyuki Mizuno*,Tatsuya Mori,Giacomo Baldi,Emi Minamitani
DOI:10.1073/pnas.2528998123
URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2528998123