直径1ナノメートルの半導体ナノチューブを合成 ―原子レベルで制御された次世代トランジスタのチャネル材料―

代表者 : 高 燕林  丸山 実那  岡田 晋  

ナノ空間を利用することにより、次世代半導体として有望な二硫化モリブデン(MoS2)のナノチューブを従来より一桁小さい直径約1ナノメートル(nm)で実現した。
原子レベルで整った構造を持つ単層MoS2ナノチューブの合成に成功した。半導体の電気的・光学的な性質を決める「バンドギャップ」が、直径が縮小するほど小さくなることを実験的に確認し、四半世紀前から提唱されていた理論予測を実証した。
半導体MoS2ナノチューブを絶縁体 BNNT が同軸状に取り囲む構造は、次世代トランジスタのチャネル構造に対応し、低消費電力デバイスへの応用が期待される。
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の中西勇介准教授らの研究チームは、ナノメート
ル(10億分の1メートル)サイズの細い空間(ナノ空間)を利用し、直径およそ1 nmの極
めて細い二硫化モリブデン(MoS2、注1)の半導体ナノチューブの合成に成功しました。電
子顕微鏡観察や分光分析により、原子レベルで整った構造と、直径に応じて電子構造(バ
ンドギャップ)が変化することを実証しました。
半導体デバイスの微細化が進む中、極細の半導体材料の開発が求められています。特に
MoS2ナノチューブは、ゲート電極で全周を囲むGate-all-around(GAA)型トランジスタ(注
2)のチャネルとして注目されていますが、直径や原子配列の制御が困難でした。本研究で
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は、窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT、注3)の内部空間を利用して結晶成長を制限すること
により、原子レベルで整った構造を持つ極細のMoS2ナノチューブを実現しました。
本成果は、原子レベルで構造を制御した超微細な半導体の新たな合成手法を示すもので
あり、低消費電力デバイスの実現につながる可能性があります。
発表内容
◆ 研究の背景
近年、半導体トランジスタの微細化が進むにつれて、従来のシリコンデバイスではさら
なる性能向上に課題が指摘され、新しい半導体材料やデバイス構造の探索が進められてい
ます。特にナノメートルサイズの極細半導体は、究極的に微細化されたチャネルとして注
目されています。その有力候補の一つが、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD、注4)と呼
ばれる層状半導体です。半導体TMDが円筒状になったナノチューブは、ゲート電極がチャ
ネルを全周から制御するGAA構造に適した材料として期待されています。
しかし、TMD ナノチューブは円筒形に伴う大きな歪みのため、直径が大きな多層構造と
なる傾向にあり、構造制御が困難でした(図1)。そのため、直径や原子配列の整ったTMD
ナノチューブの合成は長年の課題となっています。特に直径数ナノメートルのTMDナノチ
ューブはサイズによって電子の性質(バンドギャップ)を制御できることが理論的に予想
され、大きな関心が寄せられています。一方で、そのような極細径のナノチューブは不安
定で合成自体が難しく、実験的な検証は困難でした。
図1:MoS2ナノチューブの径縮小と本研究の位置付け
従来のTMDナノチューブは多層構造(10 nm以上)が主流であり、近年、BNNTやカーボンナノチューブの外壁
をテンプレートに利用した単層化(5〜10 nm)が進展してきた。本研究ではBNNTの内部空間を利用し、さら
に小径(数ナノメートル以下)の単層ナノチューブを実現した。
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◆ 研究内容
本研究では、BNNTの内部空間を反応場として利用する新しい合成法を開発しました。こ
の手法は、研究チームがこれまで開発してきたナノ空間を利用した一次元物質の合成法を
発展させたものです。BNNT内部に硫化モリブデンの前駆体を導入し、高温で熱処理するこ
とで、直径数ナノメートル以下の極細MoS2ナノチューブが形成されました(図2)。研究チ
ームは過去にも化学気相成長法を用いたアプローチによりBNNT内部での MoS2ナノチュー
ブの合成を報告していますが、生成量は極めて少なく、直径もせいぜい 3 nm 程度でした
(プレスリリース③)。今回の手法によって、より細く、構造の整ったMoS2ナノチューブを
高い収率で合成できるようになりました。
図2:原子レベルで確認された同軸ナノチューブ構造
(左)BNNT内部で形成されたMoS2ナノチューブとGAAトランジスタのチャネル。(中央)透過型電子顕微鏡像
から、単層ナノチューブがBNNT内部に同軸状に形成されていることがわかる。(右)原子分解能観察および元
素マッピングにより、MoS2(内側)とBN(外側)からなる半導体/絶縁体の同軸構造が実証された。
透過型電子顕微鏡観察により、直径2 nm以下の単層ナノチューブがBNNT内部に数多く
形成され、細いものでは1 nmに達することを確認しました。さらに統計解析により、直径
が細くなるほどアームチェアと呼ばれる特定の原子配列が選択的に形成されることがわか
りました(図3、図4)。電子エネルギー損失分光により、BNNT内に隔離された単一ナノチ
ューブの光学特性を測定したところ、直径が小さくなるほどバンドギャップが小さくなる
傾向を確認しました(図5)。この特性は理論的には四半世紀前から予測されていましたが、
今回世界に先駆けて実験的に示されました。
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図3:MoS2ナノチューブのサイズと構造
直径分布は2 nm以下に集中している。カイラル角分布は30°付近に偏り、ナノ空間によって原子配列が制御さ
れることを示している。
図4:MoS2ナノチューブのカイラリティー分布
直径4 nm以上の領域ではカイラル角分布が広がるのに対し、直径2 nm以下の微小径領域では30°付近に強い
偏りが見られる。これは、ナノ空間による空間的制約が構造選択性を生み出していることを示唆している。
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図5:直径縮小に伴うバンドギャップの変化
電子エネルギー損失分光による単一ナノチューブの光学計測。ナノチューブの直径が小さいほど吸収端(バン
ドギャップ)が低エネルギー側へシフトする。
◆ 研究の意義
本研究では、ナノ空間を反応場として利用し、原子配列を制御した極細の半導体MoS2ナ
ノチューブを初めて実現しました。半導体を絶縁体が取り囲む同軸構造は、GAA トランジ
スタの構造に対応しており、今回のナノチューブはまさにナノスケールのチャネルモデル
とみなせます。本研究は、ナノ空間を利用したボトムアップ合成によって原子レベルで構
造の整った極細半導体を実現したものであり、超微細トランジスタのチャネル設計、ひい
ては低消費電力デバイスの実現に向けて新たな指針を提示します。また、直径1 nmの極細
ナノチューブでは、量子効果や曲率による電子構造の変化など、新物性の発現も期待され
ます。
◆ 今後の展望
半導体/絶縁体の同軸構造は、次世代トランジスタや光電子デバイスの基盤となること
が期待されます。また、本手法はMoS2以外のTMDにも応用可能であり、これまで炭素材料
中心だったナノチューブ科学を多彩な無機材料へと拡張する可能性も秘めています。