睡眠時無呼吸症候群(SAS、「サス」)は、睡眠中に呼吸が止まったり浅くなったりを繰り返す病気で、高血圧や脳卒中、心疾患などの重大なリスク要因となることが知られています。一方で、多くの患者は自覚症状が乏しく、確定診断には専門施設での精密検査(PSG:ポリソムノグラフィー等)が必要なことから、社会には未診断・未治療の「隠れSAS」が数多く存在すると考えられています。実際、国内のSAS潜在患者は約940万人にのぼる一方、代表的な治療法である持続陽圧呼吸療法(CPAP、「シーパップ」)を受けている患者は約 64 万人程度にとどまるとされ、多くの患者が治療のチャンスを失っている可能性があります。従来のSASリスクの把握は、医療機関を受診して精密検査を受ける、あるいは専用のウェアラブルデバイスを通じた診断検査やリスク判定サービスを利用するなど、いずれのアプローチでも、自覚症状のある人が主体的に選択し、手間とコストを投じて実施する手法に限られていました。
そこで本研究では、「無自覚な人も含め、ほとんど手間や追加のコストをかけずにSASリスクの高い人を見つけ出し、適切な検査・治療につなげられないか」という課題に対し、大規模ヘルスデータとAIを活用したアプローチに取り組みました。
研究概要:約186万人規模のデータ×AI
本研究では、JMDCが保有する仮名加工されたレセプト(診療報酬明細書)データおよび健
康診断データに加え、PHR サービス「Pep Up」(注)に記録された日々のライフログデー
タ(家庭血圧、体重、睡眠時間、歩数など)(注)を活用しました。
・ 対象:約186万人のPep Upユーザーから収集された大規模データ(2022年1月~
2024 年7月の3か月毎の11時点における延べ約1,869万レコード)
・ 手法:機械学習(LightGBM)を用いて、SASの治療(CPAP治療)を受けている人の
特徴を学習し、合計279のデータ項目から治療が必要なレベルのSASを予測
・ 新規性の高い点:レセプトや健康診断のデータだけでなく、血圧計・体組成計・ウェ
アラブルデバイス等から得られる「日常の健康データ(PHR)」を予測に組み込み、ま
たPHR情報がある時とない時で予測精度を比較した点
(注)PHR(パーソナルヘルスレコード)とは、健康診断の結果や服薬の履歴、家庭で測った
血圧・体重・歩数・睡眠などの日々の健康データを、本人がスマートフォンアプリなどでまと
めて記録・管理できる仕組み
(注)ライフログとは、家庭血圧計・体組成計・ウェアラブルデバイスなどによって日々記録
される、血圧・体重・歩数・睡眠時間といった生活・健康の記録データ
2
3者の役割
・ JMDC:臨床データ整備と予測モデルの構築・解析
・ オムロン:血圧計等のデバイスデータの連携と臨床的助言
・ 筑波大学:研究全体の監修と臨床疫学/睡眠医学の観点からの指導
主な成果:高い予測精度を実現
開発したAIモデルは、治療が必要なレベルのSASの有無を非常に高い精度で予測できるこ
とが確認されました。
・ 高い予測精度:予測性能を示すAUROC(注)は0.898(95%信頼区間:0.895
0.901)でした
・ 効率的なハイリスク者の抽出:予測スコアが上位1%に入った人のうち約3割
(28.3%)、予測スコアが上位10%に入った人のうち約1割(10.3%)が、実際に
CPAP 治療を受けているSAS患者に該当しました。これは、無作為に検査する場合
(本研究対象集団における有病率1.6%)と比べ、はるかに効率的にハイリスク者を見
つけられることを意味します
・ 主要な予測因子:重要な予測因子として男性であること、年齢、BMI、腹囲などが上
位にあがり、過去の研究と矛盾しない結果でした。加えて、健康診断の採血結果や、
日々のライフログ(睡眠時間など)も予測に寄与していました
・ PHRの有用性:「Pep Up」を通じて血圧・睡眠時間・体重などを日常的に記録してい
るユーザーほど、PHRが予測に貢献する度合いが高いことが分かりました
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(注)AUROC(ROC曲線下の面積)とは予測性能を示す指標で、0.5(コインを投げてランダム
に表裏が出る時と同じ)から1(完璧に予測)までの値をとり、値が大きいほど予測性能が高い
ことを示す
今後の展望:
① 日常生活の中で「隠れSAS」をスクリーニング
このAIモデルを活用することで、以下のような未来が期待されます。
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・ 「隠れSAS」の早期発見:特別な検査機器を使わなくても、すでにある健診データや
個人のライフログから「SASリスクが高いグループに該当するため、精密検査をお勧
めします」とアラートを出すことが可能になります
・ 医療への適切な誘導:リスクが高いと判定された方に精密検査を推奨し、治療適応が
ある場合には、早期治療につなげることで、健康寿命の延伸に寄与します
・ 労働生産性の向上:未治療のSASによる日中の強い眠気や集中力の低下は、出勤して
いても本来のパフォーマンスを発揮できない「プレゼンティズム(疾病就業)」や、体
調不良による欠勤・休職を意味する「アブセンティズム(疾病休業)」を招き、労働生
産性の低下につながることが知られています。ハイリスク者を早期に発見して適切な
治療につなげることで、従業員の健康度の向上とともに、企業にとっての生産性損失
の抑制にも寄与することが期待されます
② 本成果を活かした予測サービスの社会実装
・ 定常的なバイタル測定の促進:本研究を通じて、日々の健康記録がSASのような病気
の予兆発見に役立つことが科学的に示されました。今後オムロンは、家庭血圧計・体
組成計・ウェアラブルデバイス等のデータが、病気の予兆を予測する際に有用な情報
として使われていく、そうした健康管理と予防の新たな時代の実現を目指していきま
す
・ 更なるAIモデルの展開:本取組みは、SASを皮切りとして脳心血管イベントやその他
の生活習慣病、メンタル疾患等への発展が可能です。今後もJMDCは、独自のレセプ
ト・健康診断・ライフログデータから多様なAIモデルを構築するプラットフォーマー
として、オムロンやその他企業との予防医療ソリューションなどの事業共創を視野に
予測サービスを社会に還元していきます