重力によってミトコンドリア翻訳が活性化する -外的情報を細胞内に伝える経路を宇宙実験で同定-

理化学研究所(理研)開拓研究所岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎信太郎主任研究員、脇川大誠特別研究員、木村悠介大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)、水戸麻理テクニカルスタッフⅠ、斉藤大寛大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)、七野悠一上級研究員(研究当時、現客員研究員、筑波大学医学医療系教授)らの国際共同研究グループは、細胞が重力を感知して、ミトコンドリアでタンパク質を合成するミトコンドリア内翻訳[1]を活性化させるメカニズムを宇宙空間における実験を通じて発見しました。本研究成果は、長期的な宇宙滞在中における老化現象だけでなく、一般的な加齢を抑制する薬剤・手法開発に貢献すると期待されます。今回、国際共同研究グループは、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」において微小重力下で細胞を培養し、細胞内でアミノ酸を結合してタンパク質を合成する過程である「翻訳[2]」を網羅解析したところ、ミトコンドリア内翻訳が極端に減少することを発見しました。これを発端に、重力という外的情報を細胞内に伝えるシグナル伝達経路を同定しました。また、この経路は生理学的には運動などの機械的ストレスに依存してミトコンドリア内翻訳を制御する経路であることを明らかにしました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(6月30日付:日本時間6月30日)に掲載されます。重力によるミトコンドリア翻訳調整の概要(generated by Issei Takahashi)
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背景
生命が地球の重力下で適応してきた過程で、細胞は常に重力にさらされ、それ
を前提に進化してきました。しかしながら、重力が細胞の基礎的な機能、とりわ
けタンパク質の合成過程である「翻訳」にどのように影響するかはよく分かって
いませんでした。現在、人類は地球外にその生存領域を拡張しようとしているこ
とを考えると、重力がほぼ消失する宇宙環境での細胞応答の理解は基礎科学と
宇宙医学の両面で重要です。
そこで国際共同研究グループは宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力の下、
国際宇宙ステーション(ISS)のきぼう実験棟を利用し、微小重力下で細胞を培
養し、翻訳の網羅解析に挑みました注)。ISSでの細胞培養実験は野口聡一宇宙飛
行士が実施しました。
注)JAXA有人宇宙技術部門ウェブサイト「微小重力下における翻訳制御の網羅的解析」
https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/subject/life/70673.html
研究手法と成果
翻訳の網羅解析のためにリボソームプロファイリング法[3]を用いました。この
手法ではリボソームフットプリントと呼ばれる短い RNA 断片を生成・回収し、
次世代シーケンサーでその配列を読み解くことで、メッセンジャーRNA
(mRNA)[4]上の「どこに」、「どのくらい」リボソーム[5]が存在しているのかと
いった情報を網羅的に得ることができます。
ISS「きぼう」内の細胞培養措置を用い、ヒト培養細胞を微小重力環境で培養
しました。比較として、遠心機によりつくられた1重力加速度(g)の環境下で
細胞を培養しました(図1A)。それぞれの条件でサンプリングした後、地球に帰
還させ、リボソームプロファイリング実験を行いました(図1B)。リボソームプ
ロファイリング実験はバイアスがなく網羅的かつ定量的に翻訳の変化を捉える
ことのできる技術です。その解析の結果、微小重力環境において、一部の細胞質
mRNA で翻訳の減少が生じること、さらにミトコンドリア内翻訳が顕著に減少
することを見いだしました(図1C)。
ミトコンドリアは、細胞内の代謝におけるエネルギーのやりとりを仲立ちす
るアデノシン三リン酸(ATP)の主要な供給源であり、いわば細胞内のエネルギ
ー工場です。ミトコンドリアは、進化的には細菌に端を発するために独自のゲノ
ムDNA(ミトコンドリアDNA)を持っており、このミトコンドリアDNAには
ATP 産生に必要な13種のタンパク質の配列情報が記されています。従って、こ
のエネルギー工場内で営まれる翻訳は、エネルギー産生に必須な重要な反応で
あり、その異常はミトコンドリア病などの疾患につながります。ミトコンドリア
内翻訳は、ミトコンドリアDNAから写し取られたmRNAを専用のリボソーム
(ミトコンドリアリボソーム)によって読み解くことで行われます。それ故、こ
の翻訳の仕組みは細胞質での翻訳と全く異なります。リボソームプロファイリ
ングでは、細胞質翻訳とミトコンドリア内翻訳を同時に解析できます(図1B)。
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図1 リボソームプロファイリング法による微小重力が翻訳に与える影響の解析
A. 国際宇宙ステーション(ISS)上で、微小重力ならびに遠心機によりつくられた1重力加速度(1×g)
の環境下で細胞を培養し、サンプルを作製した。
B. リボソームプロファイリング法は、細胞質翻訳とミトコンドリア内翻訳を同時に解析することが可能。
C. ISS 上における微小重力による翻訳への影響の網羅的定量。横軸は解析に用いたサンプル全てのデータ
から得られたリード数を平均化・標準化した数値を示す。縦軸は1×g環境と比較し、微小重力環境で生じ
た翻訳変化量の対数比を表す。
この結果が、個体でも再現されるか、また種を超えて起きる現象であるかを理
解するために、ISSにおいて微小重力化で培養した線虫(Caenorhabditis elegans)
を用いて、再度リボソームプロファイリングを行いました。やはりこの条件でも、
ミトコンドリア内翻訳の減少が観察されました。
微小重力によるミトコンドリア内翻訳異常のメカニズムをより詳細に理解す
るために、地上での再現実験を行いました。国際共同研究グループは3D-クリノ
スタット[6]を用いました。この装置は3次元的に培養容器を回転させることによ
り、サンプルにかかる平均加速度を0に近づけることができます(図2A)。この
疑似微小重力条件でリボソームプロファイリングを実施した結果、この条件で
もミトコンドリア内翻訳の減少が観察されました(図2B)。
微小重力によるミトコンドリア内翻訳の減少の分子メカニズムを理解するた
めに、国際共同研究グループは細胞接着[7]に着目しました。過去の宇宙実験によ
って、微小重力に置いた細胞では細胞接着の強度が弱まるという知見から、これ
が何らかの理由でミトコンドリア内翻訳の減少につながっていると仮説を立て
ました。まずミトコンドリア内翻訳が細胞接着に依存するよるものかどうかを
mito-FUNCAT 法[8]を使って検証したところ、細胞外マトリックス(細胞外基質)
の基底膜分子であるラミニンの増加とともにミトコンドリア内翻訳が増加する
ことが明らかになりました(図2C)。実際にラミニンを増加した条件で、疑似微
小重力における翻訳をリボソームプロファイリング法で解析すると、疑似微小
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重力の影響と拮抗(きっこう)し、ミトコンドリア内翻訳の減少を軽減すること
が分かりました(図2D)。つまり、微小重力によるミトコンドリア翻訳の減少は
細胞接着が弱まったことによるものであることが明らかになりました。
図2 リボソームプロファイリング法による疑似微小重力が翻訳に与える影響の解析
A. 地上実験室における3D-クリノスタットによる疑似微小重力環境での細胞培養およびサンプル作製。
B. 地上実験室における疑似微小重力による翻訳への影響の網羅的定量。横軸は解析に用いたサンプル全て
のデータから得られたリード数を平均化・標準化した数値を示す。縦軸は1×g環境と比較し、疑似微小重
力環境で生じた翻訳変化量の対数比を表す。
C. ラミニン処理によって細胞接着が強まると、ミトコンドリア内翻訳がより活性化される(mito-FUNCAT
法による検出)。縦軸は対照実験条件の平均値を1としたときの相対量を表す。
D. 疑似微小重力による翻訳への影響の網羅的定量(リボソームプロファイリング法による検出)。ラミニ
ン処理によってミトコンドリア内翻訳への影響が拮抗し、翻訳抑制が低減される。
細胞接着からミトコンドリア内翻訳に至るシグナル伝達の経路を理解するた
めに、まずラミニンーインテグリン[9]の経路に注目しました。インテグリンはラ
ミニンに結合する細胞膜タンパク質であり、細胞質側ではFAKというリン酸化
酵素と結合しています。FAK遺伝子のノックダウン実験によりFAKがラミニン
依存的なミトコンドリア内翻訳活性化に重要な役割を果たしていることを明ら
かにしました。FAK は多様な因子のリン酸化を介して、情報を伝えます。どの
下流因子・経路がミトコンドリア内翻訳に情報を伝えているかを明らかにする
ために、小規模のケミカルスクリーニング(阻害剤実験)を実施しました。その
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結果、FAKの下流のPAK1、PAK1下流のRAC1、RAC1下流のBAD、BAD下
流のBcl2 family タンパク質が、FAKからミトコンドリア内翻訳に情報を伝える
担い手であることを見いだしました(図3A)。
上記のBcl2 familyタンパク質はミトコンドリア外膜上に存在します。その一
方で、ミトコンドリア内翻訳はミトコンドリアの内部であるマトリックス(内膜
に囲われた部分)で起こるため、さらにミトコンドリア内部でどのようなメカニ
ズムが作用しているか調べました。その結果、ミトコンドリア内部のメカニズム
では脂肪酸合成[10]経路が重要な役割を果たしていることを突き止めました。ミ
トコンドリア内部で起こる脂肪酸合成では、マロニル CoA(マロニルコエンザ
イムA)[10]を基質にしますが、脂肪酸合成が弱まるとマロニルCoAが蓄積しま
す。このような場合、高濃度になったマロニルCoAが酵素非依存的にタンパク
質のリシン残基に結合するマロニル化が進むことが知られています。
国際共同研究グループは、細胞接着により、この脂肪酸合成が進んでいること
を明らかにしました。一方、細胞接着が減弱すると、ミトコンドリア翻訳マシナ
リー(機構)のマロニル化が生じていること、さらにそれによってミトコンドリ
ア翻訳が抑制されることを示しました(図3B)。
図3 細胞接着からミトコンドリア外膜までの情報伝達およびミトコンドリア内での制御機構
A. ケミカルスクリーニング(阻害剤実験)の結果、細胞接着からミトコンドリア内翻訳に至るシグナル伝
達の経路は、FAK の下流のPAK1→PAK1 下流のRAC1→RAC1下流のBAD→BAD下流のBcl2 family タ
ンパク質の順だった。p:リン、GTP:グアノシン三リン酸。
B. 細胞接着が強いと、Acetyl-CoA(アセチルCoA)から変わった Malonyl-CoA(マロニルCoA)を基質と
して脂肪酸合成が進む。一方、細胞接着が弱くなると、ミトコンドリア内翻訳のシステムのマロニル化が
生じ、ミトコンドリア内翻訳が抑制される。
通常、細胞は微小重力にさらされることは極めてまれであり、上記の反応は微
小重力への応答機構として生命に備わっているというよりも、別の意義がある
だろうと国際共同研究グループは考えました。特にラミニンーインテグリンに
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よる細胞接着の経路は運動などの機械的ストレスによって活性化することが知
られていることから、運動によって、この経路のミトコンドリア内翻訳増強シス
テムが、細胞に備わっているのではないかと仮説を立てました。マウスにおいて、
機械的ストレスが最小化されたマウス骨格筋モデルを用いてリボソームプロフ
ァイリングを行うと、ミトコンドリア内翻訳の減少が観察されました(図4)。
図4 リボソームプロファイリング法による機械的ストレス最小化が翻訳に与える影響の解析
A. マウスを機械的ストレス最小化条件に置き、飼育。そのマウスと対照実験のマウスの骨格筋から細胞抽
出液をつくった。
B. 骨格筋の細胞抽出液から機械的ストレス最小化による翻訳への影響の網羅的定量。ミトコンドリア
mRNA(ミトコンドリア内翻訳)が減少した。横軸は解析に用いたサンプル全てのデータから得られたリ
ード数を平均化・標準化した数値を示す。縦軸は対照実験条件と比較し、機械的ストレス最小化条件で生
じた翻訳変化量の対数比を表す。
今後の期待
本研究は、重力および機械的ストレスという物理的刺激が、細胞外環境からミ
トコンドリアの翻訳制御へと伝達される分子メカニズムを解明しました。この
成果は、「無重力では、ヒトの体に一体どういうことが起こるのか」という根源
的な問いに一定の答えを与えてくれます。また、長期的な宇宙滞在を可能にする
にはミトコンドリア内翻訳異常に端を発するミトコンドリアダメージを克服す
る必要がある、という重要な命題をわれわれに与えてくれます。これらを通じ宇
宙生物学/宇宙医学における重力欠損環境下でのミトコンドリアによるエネル
ギー代謝の理解が進むことが今後期待されます。さらには宇宙環境に限らず、本
研究の成果は通常生活における老化や筋萎縮、機械的ストレスに関連する疾病
の病態解明に直結するものになります。また、ミトコンドリア翻訳を標的とした
創薬研究にもつながる成果といえます。