国⽴研究開発法⼈産業技術総合研究所(以下「産総研」という)材料基盤研究部⾨ ⾚池 幸紀 研究グループ付、下位 幸弘 テクニカルスタッフ、衛 慶碩 上級主任研究員、秋⼭ 陽久 ⾸席研究員、⽥中 駿介 主任研究員と、国⽴⼤学法⼈筑波⼤学数理物質系 ⼭⽥ 洋⼀ 教授、⼩野 裕太郎(産総研技術研修員)は、⾃発配向分極を⽰すバイカレイン蒸着膜の表裏に蓄積される電荷の密度(分極電荷密度)を⾼めるとともに、その耐久性を向上させ、振動発電素⼦として利⽤できることを実証しました。マグネットが磁気を⻑期間保持する物質であるのに対し、静電気を⻑期間保持する物質をエレクトレットといいます。エレクトレットは、⼩型マイクロホンにおける振動を電気信号に変換する素⼦や空気清浄機などのフィルターに実⽤化されています。また、エレクトレットが形成する電場を利⽤して振動を電気に変換できることから、IoTセンサー⽤の分散電源に⽤いる振動発電素⼦への実⽤化に向けて、⾼密度化と耐久性の向上を課題に研究開発が進められています。⼀⽅、同センサーの普及に伴って、必要とされる電源数も増加すると予想されます。そのため、持続的に材料供給でき、使⽤済み電源の廃棄時に環境負荷がかからない材料の探索も求められています。
今回、⼤がかりな荷電処理を必要とせず、真空蒸着するだけでエレクトレットとして機能する「⾃⼰組織化エレ
クトレット」を形成できる植物由来の分⼦を⾒つけ、その膜を使った振動発電素⼦の開発に取り組みました。その
結果、成膜条件を最適化することで、⾃⼰組織化エレクトレットとして機能する既存の化学合成品と同程度の分極
電荷密度2 mC/m2を達成しました。また、劣化の原因である⽔蒸気の吸着や拡散を抑制する保護膜を形成すること
で耐久性を向上させました。実際に、振動発電素⼦として機能することを実証しました。
今回⾒いだした⾃⼰組織化エレクトレットは、微⼩電気機械システム(MEMS)との相性が良く、半導体プロセ
スを応⽤して超⼩型振動発電素⼦が得られると考えられます。また、ウエアラブルデバイスや環境センサーなどに
おいて、電池交換や充電が不要なIoTセンサーの⾃⽴電源として応⽤が期待されます。
なお、この技術の詳細は、2026年7⽉20⽇に「Advanced Functional Materials」に掲載されました。
下線部は【⽤語解説】参照
研究の社会的背景
環境発電とは、光、熱(廃熱や体温)、振動、電磁波、湿度変動など、⾝の回りにある未利⽤のエネルギーを電⼒
に変換する技術です。発電容量はさほど⼤きくなく、マイクロワットや⼤きくてもミリワットレベルですが、ウエ
アラブルデバイスや環境センサーなどにおいて、電池交換や充電が不要な IoT センサーの⾃⽴電源として注⽬され
ています。これらのうち、振動を電⼒に変換する振動発電は、圧電式や電磁式など複数の⽅式があり、それぞれにメ
リットとデメリットがあります。中でも電極間容量の変化を電⼒として取り出す、エレクトレットを⽤いた静電式
の振動発電素⼦は、他の⽅式に⽐べて低い周波数の振動に対する出⼒電⼒が⼤きいことが特徴です。また、MEMS
技術で素⼦を⼩さくすれば、⼩型IoTセンサーへの搭載も可能となります。
静電式の振動発電素⼦(概要図)で使われるエレクトレットは、“電気の永久磁⽯” とも呼ばれています。永久磁
⽯(マグネット)が磁気を⻑期間保持する物質なのに対して、エレクトレットは電気(電荷や分極)を⻑期間保持す
る性質を持った物質です。エレクトレットの概念⾃体は100年以上前から知られており、⼩型マイクロホンにおけ
る振動を電気信号に変換する素⼦や空気清浄機などのフィルターとしてすでに実⽤化されていますが、振動発電素
⼦への応⽤はまだ研究開発段階です。実⽤化に向けては、⼤⾯積に⾼密度かつ⼀様に電荷や分極を与えるという製
造上のプロセスの困難さに加え、蓄えた電荷や分極が環境により時間とともに減少するという問題を抱えていまし
た。また、IoTセンサーの導⼊量が今後増えると⾒込まれる中、その⾃⽴電源に利⽤する材料は持続的に供給可能で、
使⽤済み電源の廃棄時に環境負荷が低いことが望まれます。
研究の経緯
産総研は、これまでにシソ科タツナミソウ属の植物コガネバナの根に含まれる成分から抽出されるバイカレイン
(図1a)という極性を持った分⼦を基板に真空蒸着すると⾃発配向分極が発現することを、ケルビンプローブ法(KP
法)を⽤いた表⾯電位測定から⾒いだしてきました[1]。バイカレイン分⼦は分⼦構造に由来する永久双極⼦を持っ
ていますが(図1a)、通常はそれぞれの永久双極⼦が互いに打ち消し合うため、集合体全体としての分極は⽣じませ
ん。⼀⽅、バイカレイン蒸着膜では、蒸着過程で分⼦の向きが⼀定の割合で特定の⽅向に偏って配列します。そのた
め、各分⼦が持つ永久双極⼦は隣接分⼦間で完全には打ち消されず、膜全体として基板表⾯に垂直な⽅向に電気的
な偏り、すなわち分極が⽣じ、エレクトレットとして機能すると考えられます。今回、バイカレイン蒸着膜のエレク
トレットとしての性能評価や、振動発電素⼦への実⽤化に向けた技術開発に取り組みました。
研究の内容
まず、バイカレイン蒸着膜の⾃発配向分極の挙動をKP法で調べました。電極上に膜を徐々に堆積し、各膜厚にお
ける表⾯電位を調べると、膜厚に⽐例して表⾯電位が増える領域が現れます(図1b点線部)。この線形な電位変化
は、⾃発配向分極の発現を⽰唆します。すなわち、蒸着膜中で、バイカレイン分⼦の永久双極⼦が隣接分⼦間で完全
には打ち消されず、基板に垂直な⽅向にプラスとマイナスの電荷の偏り(分極)が⽣じています。(図1b挿図)
線形領域における表⾯電位の傾きは、分極電荷密度に⽐例します。蒸着膜をエレクトレットに⽤いた振動発電素
⼦で発⽣する電流は分極電荷密度に⽐例するため、電位の傾きは振動電流を⾒積もる指標となります。バイカレイ
ン膜を形成する際の蒸着速度を 1 Å/s から約 3 倍に増やすと、永久双極⼦の配向性が向上し、線形領域の傾きは
55 mV/nm から72 mV/nmに増加しました(図1b)。この表⾯電位の傾きは、⾃発配向分極を⽰す代表的な低分⼦
材料である有機発光ダイオード材料、1,3,5-トリス(1-フェニル-1H-ベンゾイミダゾール-2-イル)ベンゼン(TPBi)
と同程度でした。さらに、この傾きから分極電荷密度を⾒積もると、3 Å/sで作製した膜では2.4 mC/m²に達しま
した。この値は、市販のフッ素系ポリマーを帯電させたエレクトレットに匹敵し、植物由来の極性分⼦でも既存の
エレクトレット材料と同程度の電荷を蓄積できることを⽰しています。
続いて、分⼦の並びが特定の⽅向に向いた箇所の振動スペクトルを測定できる和周波発⽣(SFG)分光で、バイカ
レイン膜を評価しました。膜厚が増えるとSFG信号強度が増加しました(図1c)。その傾向は、基板垂直⽅向に⼀
様な電場が発⽣した試料から放出されるSFGの理論モデルとよく対応します(図1c挿図)。この結果から、隣接分
⼦間で永久双極⼦が打ち消されない分⼦配列が積み重なり、蒸着膜が分極することが分かりました。
次に、固定電極にインジウムスズ酸化物(ITO)、可動電極に KP 測定装置のプローブを⽤い、短絡時における振
動電流を真空中で測定しました(図1d)。その結果、外部回路に交流電流が流れたため、バイカレイン蒸着膜がエレ
クトレットとして機能することを確認しました。
図1 (a)バイカレインの分⼦構造。(b)KP法で測定した表⾯電位の膜厚依存性。挿図は⾃発配向分極の概念図。
⽩抜きの⽮印は永久双極⼦の向きを⽰す。(c)膜厚が異なるバイカレイン蒸着膜のSFGスペクトル。(d)短絡時
における振動電流密度の時間変化。
※原論⽂の図を引⽤・改変したものを⼀部使⽤しています。(CC BY-NC)
⾃発配向分極を⽰す膜を振動発電素⼦に実⽤化するには、動作環境における分極状態の安定化が不可⽋です。多
くの IoT センサーは⼤気中での利⽤が想定されます。しかし、⼤気中でのバイカレイン蒸着膜の分極状態は、⽔蒸
気の吸着が誘起する結晶化により、わずか4.4時間で消失します。そこで、バイカレイン膜への⽔蒸気拡散を抑制す
るため、疎⽔性分⼦の蒸着膜で保護できるかを調べました。保護層なしのバイカレイン膜では、表⾯電位が初期値
の半分となる⼤気曝露時間(T50)が3.8時間であるのに対し、膜厚が200 nmの9-(1-ナフチル)-10-(2-ナフチル)
アントラセン(1,2-ADN)層で保護した場合、T50が132時間に延びることが分かりました(図2a)。また、単純な
⻑鎖アルカン蒸着膜による保護でもT50を100時間以上に延ばせました。
最後に、プロトタイプの振動発電素⼦を作製して、⼤気中における動作を評価しました(図2b)。ITOが被覆され
た柔軟なポリエチレンテレフタレート(PET)基板上に形成されたバイカレイン膜を1,2-ADN膜で保護し、エレク
トレットとしました(図 2b)。ITO/ガラス基板側をスピーカーで振動させ、発⽣した電流を抵抗で電圧に変換して
測定しました。その結果、振動の周波数に合わせて電圧が出⼒されることが分かりました(図2c)。
図2 (a)⼤気中における表⾯電位の時間変化に対する保護膜の影響。(b)プロトタイプの振動発電素⼦の構造。
(c)作製した発電素⼦から出⼒された電圧の時間依存性。
※原論⽂の図を引⽤・改変したものを⼀部使⽤しています。(CC BY-NC)
これらの結果は、植物由来のバイカレインを真空蒸着して得られる薄膜が、⾃⼰組織化エレクトレットとして機
能し、環境中の振動を電気に変換する発電素⼦として応⽤できる可能性を⽰しています。
今後の予定
バイカレイン蒸着膜を⼤気中で使う IoT センサー⽤の分散電源として⻑期間利⽤するには、分極状態のさらなる
延命化が直近の課題です。今後は、バイカレインエレクトレットの⼤気安定性をさらに⾼めるため、⽔蒸気拡散を
より抑制できる材料の探索と表⾯保護⽅法の最適化に関する研究を推進します。また、⾃⼰組織化エレクトレット
として機能する、バイカレイン以外の植物由来材料の探索も進めます。これらの基盤研究を踏まえて、IoTセンサー
⽤分散電源に使⽤するデバイスの作製技術の確⽴を⽬指します。
植物由来の分子で環境発電 コガネバナの根から抽出できる成分の蒸着膜を用いた素子で振動発電を実証
代表者 : 山田 洋一