AIが次々発見、スピン波を自在に操る人工結晶 ~未踏ナノ磁性体を創成・解明する「ゆらぎ設計エージェント」~

代表者 : 三俣 千春  

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の長岡 竜之輔氏(博士課程2年)、小嗣 真人教授、筑波大学、横浜国立大学、物質・材料研究機構(NIMS)らの共同研究グループは、説明可能AI(*1)を用いた構造ゆらぎ逆設計アプローチにより、優れた特性を持つ新規マグノニック結晶(*
2)の発見に成功しました。マグノニック結晶は、スピン波(*3)を制御できる新しいタイプのメタマテリアル(*4)で、量子コンピューターなどの次世代情報処理技術の基盤となる素子の一つです。しかし、素子構造の微小な違いがスピン波の伝搬特性に複雑な影響を与えるため、所望の特性を示すナノ構造を実現することは、材料設計における大きな未解決問題でした。そこで本研究では、遺伝的アルゴリズム(GA、*5)と周波数領域マイクロ磁気シミュレーション(*6)を組み合わせることで自律的に構造ゆらぎ設計を行うアルゴリズムを開発し、大きな「マグノニック・バンドギャップ」(*7)を持つ新たな2次元マグノニック結晶を探索しました(図1)。
研究の結果、これまで報告例のなかったFe(鉄)とEuO(酸化ユーロピウム)を組み合わせた非自
明なトポロジー構造を有するマグノニック結晶を複数発見しました。時間領域マイクロ磁気シミュレ
ーション(*8)により性能を検証したところ、最大8.7 GHz幅というより広いマグノニック・バンド
ギャップの達成を確認しました。さらに、高速フーリエ変換(FFT、*9)による構造特徴量の抽出お
よび多次元尺度法(MDS、*10)を組み合わせて最適構造の集団の探索過程を可視化したところ、5
次以上の高いバンド次数の場合、優れた性能を示す構造が一箇所に集中せず、分散して存在すること
が明らかとなりました。これは、高性能な構造の候補が複数存在することを意味しており、設計の柔
軟性が高いことを示しています。
本研究はこれまでにないナノ構造を探索するだけでなく、一般的にブラックボックス化される探索
過程を可視化・解析している点で、従来研究と一線を画しています。また、本手法は、同グループが
開発してきた材料機能を理解するAIモデルである「拡張型自由エネルギーモデル」(※1)の概念を、
解釈可能な材料設計へと展開したものになります。本手法は、マグノニック結晶にとどまらず、スピ
ンのダイナミクス制御が機能の要となる多様な磁気デバイスや、量子コンピューティング技術の確立
に大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は、2026年7月28日に国際学術誌「Small Structures」にオンライン掲載されました。ま
た、本成果は、2026 Materials Research Society(MRS)Spring Meeting & Exhibit において、Best Presentation
Award を受賞するなど、国際的に高い評価を受けています。
※1: 東京理科大学プレスリリース(2022年 11月 29日付)
「『なぜ?』『どこ?』『どのような?』がわかる、デバイスの新たな機能設計論を実現〜トポロジーと
AI を融合して、拡張型ランダウ自由エネルギーモデルを創出〜」
【研究の背景】
マグノニック結晶は、磁性材料を周期的に配列した構造体です。フォトニック結晶が光を制御する
ように、マグノニック結晶はスピン波を精密に制御できます。熱損失が極めて少ない省エネルギーな
メタマテリアル構造として、将来のAIや量子コンピューターの基盤技術への応用が期待されていま
す。中でも、特定の周波数帯においてスピン波の伝搬を妨げる「マグノニック・バンドギャップ」は、
構造によって柔軟に調整できるうえ、マイクロ波測定によって実験的に検出可能であることから、マ
グノニック結晶の設計における主要な制御パラメータの一つとなっています。しかし、構造とマグノ
ン分散の関係が複雑なため、マグノニック・バンドギャップを拡大するための包括的な設計指針や最
適な構造は依然として明らかになっていません。
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これまでの研究では、散乱体半径や体積分率といったいくつかのパラメータを系統的に変化させる
ことで、望ましいバンド分散を得る手法にとどまっていました。さらに、そのほとんどが1~3次とい
った低次バンドに焦点を当てており、構造変化に敏感で挙動の予測が難しい高次バンドは十分に探索
されていませんでした。
こうした課題に対し、本研究グループは逆設計アプローチを採用しました。逆設計とは、目標とす
る物理特性を目的関数として定義し、機械学習または数学的最適化手法によって最適な構造を探索す
る手法です。これにより、経験則に依存しない柔軟な構造設計が可能となり、探索できる設計空間を
大幅に拡大できます。具体的には、遺伝的アルゴリズムとマイクロ磁気シミュレーションを組み合わ
せることで、新規マグノニック結晶を逆設計し、その特性を検証しました。
【研究結果の詳細】
① データ駆動型探索によるマグノニック結晶の構造最適化(図2)
まず、2, 3番目の低次バンド間のバンドギャップ最適化を目標に構造探索を行いました。最適化が
進行するにつれて、中心周波数で規格化したバンドギャップの相対幅はΔf/fc = 0.331から0.598へと
大きく向上しました。(図2の左図には、最適化後のΔf/fc =0.598を示している)最終的に得られた構
造は、従来研究で有望とされる正方形-正方形-正方形(SSS)構造(図2a)に酷似しており、データ駆
動型の探索が既知の最適構造を自律的に再現できることが示されました。これにより、本手法の有効
性が確認されました。
次に、高次バンド(3次以上)のギャップ幅を対象とした最適化を行ったところ、いずれも報告例
のない新規構造が得られました。バンド次数が高くなるほど構造は複雑化し、局所的な欠陥構造が導
入される傾向が見られました(図2b)。この傾向は、物理的には、高次の振動モードはより短い波長
のスピン波に対応するため、より微細な構造と共鳴しやすく、自然と細かく複雑な構造ゆらぎを有す
る設計の集団が最適解として選ばれると解釈できます。
(a)
96 nm
バンド次数
1 2 3 4 5 6 7
2次バンド
(b)
8

酸化Eu
新たに発見された構造群
3次バンド
4次バンド
5次バンド
6次バンド
7次バンド
スピン波の周波数 [GHz]
0.598 0.489
0.793 0.492 0.700 0.587
スピン波の波数ベクトル
ギャップ発現
スピン波が励起されない周波数帯
(スピン波バンドギャップ)
90%向上
440%向上
180%向上
830%向上
バンドギャップが大幅に増大
図2 遺伝的アルゴリズムによる構造探索で見出された新たなマグノニック結晶。
バンド分散中に矢印で記されたギャップ周波数帯では、スピン波は伝搬できない。
さらに、今回設計した構造と既存の正方格子マグノニック結晶を比較し、バンドギャップ幅を評価
しました。その結果、最適化された構造では従来構造を大きく上回るバンドギャップ幅が得られまし
た。4次、5次、6次、および7次バンドでは、それぞれのバンド次数において最も性能の高い従来構
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造と比べてマグノニック・バンドギャップの相対幅がそれぞれ約90%、440%、180%、830%と大幅に
向上しており、特に5次バンドと7次バンドにおいて顕著な改善が見られました。さらに特筆すべき
は、3次の設計ではマグノニック・バンドギャップが最適化された構造においてのみ観測された点で
す。従来構造ではこのバンド範囲にギャップ自体が存在しておらず、今回の結果は高次バンドにおけ
る逆設計アプローチの有効性を明確に示しています。
② MDSマッピングによる設計空間の可視化(図3)
続いて、最適化された構造の法則性を解釈するために、MDSにより構造特徴量を抽出し、2次元の
設計空間マップを作成しました(図3)。1~4 次バンドの設計では、最適化された構造(図中の星印)
は空間内で局所的なクラスターを形成しており、低次バンドの最適化では類似した構造に収束しやす
いことを示しています。一方、5~7次バンドの設計では、最適化された構造はより広範囲に分布して
おり、解どうしの構造的類似性が著しく低くなっていました。これらの結果は、高次バンドでは最適
化の試行ごとに異なる解が得られる傾向があり、複数の局所最適解が存在する、より複雑な設計空間
を示唆しています。磁気共鳴の物理的観点から考えると、高次の共鳴モードはより微細な構造スケー
ルに対応するため、構造の自由度が高まり、異なる複数の構造が同等の性能を実現し得ると考えられ
ます。さらに、情報エントロピー(*11)を用いて複雑構造を定量化したところ、バンド次数に情報
エントロピーが比例して増大する傾向が確認されました。このことは、情報学と物理学に根ざした特
徴量設計により、マグノニック結晶の設計法則を抽出できる可能性を示しています。
★ : 最適化された構造群
0.8
マグノニック・バンドギャップ幅
特徴量2
2次バンド 3次バンド 4次バンド
特徴量2
特徴量2
特徴量1 特徴量1 特徴量1
特徴量2
0.0
5次バンド 6次バンド 7次バンド
band 5-6 band 6-7 band 7-8
特徴量2
特徴量2
特徴量1 特徴量1 特徴量1
図3 MDSにより可視化したマグノニック結晶の設計空間マップ。
図中の各点が発見された構造の1つに対応する。
本研究は、磁性体の微小なナノ構造トポロジーを緻密に設計することでスピンのダイナミクスをよ
り柔軟に制御できる可能性を提示する研究であり、従来のスピン波デバイス設計の自由度を大きく広
げるものです。本手法は、高効率・高性能な次世代AIデバイスや量子コンピューティング技術など
の実現に貢献すると期待されます。
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本研究を主導した東京理科大学の小嗣教授は、「本研究成果は、超低消費電力の次世代情報処理デ
バイスやAI ハードウェアの実現につながり、スマートフォンやデータセンターの省エネルギー化に
貢献することが期待されます」と、コメントしています。