東海大学医学部 中山駿矢客員研究員(日本大学生物資源科学部助教)、大阪大学微生物病研究所 金森茜特任研究員(常勤)(日本学術振興会特別研究員)、鎌倉武史助教、幸谷愛教授らの研究グループは、大阪大学、東海大学、東京大学、筑波大学との共同研究により、肝細胞由来の細胞外小胞(EVs)を酵素(分泌型ホスホリパーゼ A2、sPLA2※4)で処理した「SPLEVs」が、致死的なサイトカインストーム症候群に対して極めて強力な治療効果を持つことを世界で初めて明らかにしました。図)SPLEVs は肺胞上皮細胞に作用して炎症を鎮める脂質を大量に誘導し、「リピッド・カウンターストーム」を引き起こすことでサイトカインストームを抑制する。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や敗血症、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)などで見られるサイトカインストームは、免疫の暴走により全身に強い炎症を引き起こす致死的な状態です。現在、その治療法として間葉系幹細胞※5由来の細胞外小胞などが注目されていますが、より高い治療効果を持ち、かつ大量生産が可能な安価な薬剤の開発が急務となっていました。研究グループは、SPLEVs が間葉系幹細胞由来の細胞外小胞よりも強く肺の炎症(好中球の浸潤や炎症性サイトカインの産生)を抑えることを見出しました。さらに詳細な解析から、SPLEVsは肺胞の細胞に直接作用し、細胞膜の流動性を高めるとともに、組織
を保護する多価不飽和脂肪酸(PUFA)※6由来の炎症を鎮める脂質の産生を促進することが判明しました。
研究グループはこの過剰な炎症の波に逆らう現象を「リピッド・カウンターストーム」と名付けました。また、
この効果の鍵となる脂質代謝物(LPG)※7を特定し、人工的なリポソーム(PG-SPLEVs)でも同等の治療
効果を再現することに成功しました。
本研究により、細胞を用いない安価な「人工 SPLEVs」が、将来的に幅広い炎症性疾患に対する有効な
治療法となることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、8月1日(土)午前3時(日本時間)に公開され
ます。
【幸谷教授のコメント】
サイトカインストームは特効薬がなく、多くの命を奪う脅威です。今回我々が開発したSPLEVsは、生体に
備わる脂質の力を最大限に引き出すこれまでにないアプローチです。細胞由来の製剤はコストが課題でし
たが、人工リポソームでの効果実証に漕ぎ着けたことで、より安価で安全な治療薬として臨床現場に届けら
れる道が開けました。今後も研究を加速させてまいります。
研究の背景
感染症やがんの免疫療法などにおいて、免疫が過剰に反応して炎症性サイトカインを放出する「サイトカ
インストーム」は、呼吸不全や多臓器不全を引き起こす非常に危険な状態です。この過剰な炎症を抑えるた
め、これまでは炎症のアクセルを踏み外さないようにする免疫抑制療法が開発されてきましたが、十分な
効果が得られないケースも多く、新たな治療戦略が求められていました。
一方で近年、脂質が持つ「炎症を鎮める力(組織保護的な脂質メディエーター)」が注目を集めています。
細胞同士のコミュニケーションツールである細胞外小胞(EVs)は、分泌型ホスホリパーゼ A2(sPLA2)と
いう脂質分解酵素によってその性質や機能が大きく変わることがこれまでの研究で分かってきました。そ
こで研究グループは、元来組織保護作用を持つとされる肝細胞由来の EVs に着目し、これを sPLA2 で
人為的に修飾した「SPLEVs」を作成し、その治療効果を検証しました。
研究の内容
研究グループは、SPLEVsをARDSのモデルマウス
に静脈内投与しました。その結果、現在臨床応用が期待
されているMSC由来のEVsと比較しても、肺への炎
症細胞(好中球)の浸潤をより強力に抑え、血中の炎症
性サイトカイン(IL-6やTNFα)を著しく低下し、組織炎
症スコアを抑制することを発見しました。
そのメカニズムを調べたところ、以下のことが明らか
になりました。
• 肺胞上皮細胞への作用と脂質合成の活性化:
A
C
E I LI
P EP
S
L
S
L
E
図
SPLEVsによるリピッド・カウンターストームは
組織炎症スコアを抑制した
SPLEVsは免疫細胞(マクロファージ)ではなく、肺
胞を構成する「II 型肺胞上皮細胞」に直接作用します。細胞内に取り込まれると、PI3K-AKT 経路を
介して、脂質合成を司るマスター転写因子「SREBP1」が強く活性化されます。
• 「リピッド・カウンターストーム」の発生:
SREBP1 の働きにより、炎症を鎮め組織を保護する多価不飽和脂肪酸(PUFA)由来の脂質メディエ
ーターが大量に産生されます。サイトカインストームに抗うように生体を守る脂質群が押し寄せるこの
現象を、研究グループは「リピッド・カウンターストーム」と名付けました。なお、SREBP1 遺伝子を持
たないマウスでは、この治療効果は失われます。
• 有効成分「LPG」の特定と人工リポソームによる再現:
細胞外小胞に豊富に含まれるリン脂質(PG)が酵素で分解されて生じる「リゾホスファチジルグリセロ
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ール(LPG)」が、抗炎症作用の鍵であることを突き止めました。さらに、PG のみで作った人工リポソ
ームを酵素処理した「PG-SPLEVs」でも、細胞由来のSPLEVsと同等の高い治療効果を再現するこ
とに成功しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、SPLEVs が ARDS のみならず、敗血症、血液凝固障害、急性肝障害、炎症性腸疾患
(IBD)、インフルエンザ肺炎など、極めて多様な炎症モデルにおいて強力な治療効果を持つことが実証さ
れました。
将来的に、このSPLEVsのメカニズムを応用して、有効成分であるLPGなどを組み込んだ人工的なリ
ポソームを作成できれば、従来の細胞由来製剤よりも安価で大量生産が可能な新薬の開発に繋がります。
COVID-19 をはじめとする将来のパンデミック感染症に対する、強力な「切り札」となることが期待され
ます。
過剰な炎症を鎮める脂質応答の新機構を解明 -酵素処理した細胞外小胞による新たな治療戦略-
代表者 : 島野 仁