高感度・高速で複数の分子を読み分ける、染色不要の分子イメージング法を開発 生命のエネルギー産生を支える分子の分布と変化を、染色せず高速に捉えることに成功

代表者 : 柳沢 正史  本城 咲季子  

九州⼤学⼤学院理学研究院の村上優介助教(研究当時:筑波⼤学グローバル教育院⼤学院⽣)、平松光太郎教授、桶⾕亮介助教、⼤学院理学府の左神法秀⽒、江嶋郁⼈⽒(研究当時)らは筑波⼤学国際統合睡眠医科学研究機構 正⽊みのり⽒(研究当時:筑波⼤学グローバル教育院⼤学院⽣)、柳沢正史教授、本城咲季⼦特任助教、慶應義塾⼤学理⼯学部 加納英明教授と共同で、電⼦共鳴による感度向上と広帯域なラマン計測を組み合わせ、低濃度分⼦を⾼速・⾼感度かつ⾼い識別能で可視化できるBERCARS/CSRS(Broadband electronic-resonance coherent anti-Stokes/Stokes Raman scattering)顕微鏡を開発しました。細胞や組織内で分⼦がどこに存在するかを可視化することは、⽣命現象や病気による変化を理解するために重要です。コヒーレントラマンイメージングは、細胞や組織を染⾊することなく、分⼦の分布を⾼速に観察できる技術です。しかし、従来法で観察できるのは主に⾼濃度で存在する分⼦に限られ、⽣
体内の低濃度分⼦を捉えることは困難でした。
本研究では、分⼦が特定の波⻑の光を強く吸収する性質を利⽤することで、従来よりも⼤幅に検出感度が向上したBER-CARS/CSRS顕微鏡を開発しました。
その結果、光を吸収する分⼦を、通常より1000倍以上低い濃度でも検出できることを⽰しました。
この⾼感度化により、ミトコンドリアに存在し、エネルギー代謝に関与するシトクロムを、⽣細胞およ
びマウスの脳や肝臓などの⽣体組織内で無標識に可視化することに成功しました。さらに、シトクロム
に加えて核酸、脂質、タンパク質を同時に観察し、細胞死の進⾏に伴って、これらの分⼦の分布が変化
する様⼦を追跡しました。
本成果は、細胞のエネルギー産⽣や状態変化を無標識で観察する新たな技術であり、がん、神経疾患、
肝疾患などの病態解析や創薬研究への応⽤が期待されます。
本研究成果は、アメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science)の
ジャーナル「Science Advances」に、2026年8⽉1⽇(⼟)午前3時(⽇本時間)に掲載されました。
⾼感度・⾼速で複数の分⼦を読み分ける、染⾊不要の分⼦イメージング法を開発
⽣命のエネルギー産⽣を⽀える分⼦の分布と変化を、染⾊せず⾼速に捉えることに成功

研究者からひとこと:私たちは、光を⽤いて⽣命現象や分⼦を可視化する技術を開発しています。本研
究では、電⼦共鳴効果と広帯域技術を組み合わせ、従来は観察が難しかった低濃度分⼦の検出に成功し
ました。今後は、顕微鏡技術を発展させ、⽣命科学や医学の新たな発⾒につなげます。(村上 優介 助教)
【研究の背景と経緯】
細胞や組織内における分⼦の局在を可視化することは、⽣命現象の仕組みや病気に伴う変化を理解す
るうえで重要です。通常は、⽬的とする分⼦に蛍光標識や染⾊を施すことで、その局在を観察します。
しかし、こうした操作には、細胞本来の状態や機能に影響を与える可能性があるほか、蛍光の退⾊によ
って⻑時間の観察が難しいという課題があります。
コヒーレントラマンイメージングは、分⼦固有の振動※3を光で検出することで、蛍光⾊素などの標識
を⽤いずに、⽣きた細胞や組織中の分⼦分布を可視化できる技術です。⾼速な画像取得や三次元的な観
察が可能であり、脂質、タンパク質、核酸などの⽣体分⼦の観察に利⽤されてきました。⼀⽅、従来法
では主にミリモル濃度の⽐較的多量に存在する分⼦が観察対象となっていました。そのため、⽣体内の
低濃度分⼦を観察することは困難でした。
この感度限界を克服する⽅法として、光の波⻑を標的分⼦の電⼦吸収帯※4に合わせ、ラマン信号を⼤
幅に増強する電⼦共鳴効果※5が注⽬されています。しかし、従来の電⼦共鳴型コヒーレントラマン法の
多くは、限られた波⻑範囲のみを励起または検出する⽅式でした。このため、複数の分⼦が混在する細
胞や組織では、背景信号との分離や定量的な解析に課題がありました。
【研究の内容と成果】
本研究では、コヒーレントラマン過程に広帯域励起・検出と電⼦共鳴効果を組み合わせることで、⾼
感度と⾼い分⼦識別性を両⽴する「BER-CARS/CSRS 顕微鏡」を開発しました(図 1)。本⼿法では、
コヒーレントラマン過程に⽤いる光の⼀⽅の波⻑域を広げることで、幅広い波⻑範囲の信号をスペクト
ルとして取得し、分⼦を⾒分ける能⼒を⾼めました。さらに、もう⼀⽅に可視光を⽤いることで電⼦共
鳴効果を引き起こし、検出感度を⼤幅に向上させました。本⼿法により、光を吸収しやすい分⼦では、
通常より1000倍以上低い濃度でも検出できることを⽰しました。
この⼿法により、細胞内のエネルギー産⽣や細胞死の制御に重要な役割を担うシトクロムを、⽣きた
細胞内で無標識かつ⾼感度に検出することに成功しました(図2)。シトクロムに加えて、核酸、脂質、
タンパク質の分布を同時に可視化するとともに、細胞死の進⾏に伴うシトクロムと核酸の分布変化を追
跡するタイムラプスイメージング(図3)にも成功しました。
さらに、本⼿法をマウス脳組織に応⽤し、広い脳領域から単⼀細胞スケールまでシトクロム分布を可
視化しました。その結果、⼤脳⽪質の表層や脳室壁に特徴的なシトクロムの局在を捉えました(図4)。
同時に、マウス肝組織では、振動スペクトル※6により、シトクロムcとシトクロムb/b5に対応する空
間分布を識別しました(図5)。
【今後の展開】
本技術は、細胞や組織を染⾊せずに、エネルギー産⽣や細胞の状態を分⼦レベルで観察できるた
め、将来的には、がんや神経疾患、肝疾患などで起こる代謝異常や細胞の変化を早期に捉える技術と
して活⽤できる可能性があります。例えば、がん組織と正常組織における代謝状態の違いを可視化す
ることで病変部の識別を⽀援したり、治療前後の代謝変化を観察することで薬剤の効果を評価したり
する応⽤が考えられます。今後、測定速度の向上や装置の⼩型化、多数の臨床検体を⽤いた検証を進
めることで、研究現場だけでなく、病理診断や治療効果の判定を⽀援する新しい検査技術への発展を
⽬指します。