東京科学大学病院 がん先端治療部/緩和ケア科の佐藤信吾准教授および整形外科学分野の吉井俊貴教授、辻野昭平大学院生らの研究グループは、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の越智広樹研究員(現 埼玉医科大学医学部免疫学所属)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、筑波大学 医学医療系の村谷匡史教授、順天堂大学の赤澤智宏教授らと共同で、遺伝子改変マウスを用いた国際宇宙ステーション「きぼう」実験棟での宇宙実験に加え、尾部懸垂モデルおよび後肢不動化モデルを用いた地上実験を実施し、メカニカルストレス(用語1)による骨恒常性の調節における骨内感覚神経の役割を包括的に解析しました。
その結果、骨への重力負荷やメカニカルストレスが減少すると、骨内に投射する感覚神経が減少し、それに伴って骨量も低下することが明らかになりました。一方、再び骨にメカニカルストレスを加えると、骨内に投射する感覚神経が増加し、骨量も回復・増加することが分かりました。さらに、感覚神経から分泌される神経ペプチドの1つであるCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド、用語2)が、メカニカルストレスの減少に伴う骨量低下を抑制すること、また、感覚神経の骨への投射が障害されると、骨にメカニカルストレスを加えても骨量が増加しないことも明らかになりました。
日本では、高齢化の進行に伴い、長期臥床や身体活動の低下によって生じる廃用性
骨粗鬆症が深刻な社会問題となっています。本研究成果は、骨粗鬆症や脆弱性骨折に
対する、感覚神経を標的とした新たな治療戦略の開発につながることが期待されま
す。
本成果は、8月28日付(現地時間)の国際学術誌「Bone Research」に掲載され
ました。
研究概略図。宇宙環境や尾部懸垂などによって骨へのメカニカルストレスが減少すると、
骨内に投射する感覚神経が減少し、骨は骨粗鬆症に近い状態となる(左)。一方、メカニ
カルストレスを加えると、骨内に投射する感覚神経が回復し、骨量も回復する(右)。し
かし、神経除去などによって感覚神経の骨への投射が障害されると、メカニカルストレス
を加えても骨量の回復は認められない。
●背景
日本では、高齢化の進行に伴い、骨粗鬆症や脆弱性骨折が大きな社会問題となってい
ます。なかでも、長期臥床や身体活動の低下によって骨へのメカニカルストレスが減少
すると、骨量が低下し、骨折リスクが高まります。また、宇宙空間での滞在も、骨密度
や筋肉量の急激な低下を引き起こすことが知られています。メカニカルストレスがどの
ように骨の恒常性を維持しているのかを理解することは、健康寿命の延伸につながる新
たな治療戦略の開発に不可欠です。
骨はメカニカルストレスを感知してリモデリングを調節していますが、近年では、骨
に投射する感覚神経が骨恒常性の制御に重要な役割を果たしている可能性が明らかに
なってきました[参考文献1、2]。しかし、メカニカルストレスの変化に応じて感覚神
経がどのように変化し、骨代謝を調節しているのかは明らかになっていませんでした。
本研究グループは、骨内神経を3次元的に可視化する技術「Osteo-DISCO法(用語
3)」を独自に開発しており[参考文献2]、今回、この技術を用いて、骨へのメカニカル
ストレスの変化に伴う骨内感覚神経の変化を観察することに成功しました。また、宇宙
環境では、骨量の減少が地上の約10~30倍の速度で進行することが知られており、メ
カニカルストレスが骨に及ぼす影響を調べるための研究環境として注目されています。
そこで本研究では、国際宇宙ステーション「きぼう」実験棟での宇宙実験に加え、尾部
懸垂モデルおよび後肢不動化モデルを用いた地上実験を実施し、メカニカルストレスに
よる骨恒常性の調節における骨内感覚神経の役割を包括的に解析しました。
●研究成果
神経線維が緑色蛍光で標識されたSox10-Venusマウス(用語4)を国際宇宙ステー
ション(ISS)で3週間飼育し、Osteo-DISCO法を用いて下肢長管骨内の神経を可視化
したところ、地上で飼育した対照群と比べて海綿骨量が有意に低下するとともに、骨内
の神経も著しく減少していることが確認されました。同様の変化は、尾部懸垂または後
肢不動化を3週間行った後肢免荷モデルマウスでも認められました(図1)。
図1. 神経線維が緑色蛍光を発現するマウス(Sox10-Venusマウス)の脛骨における骨内神
経の分布(左)。宇宙実験と尾部懸垂実験における「脛骨近位部の骨内神経」と「骨量」(右)。
さらに、尾部懸垂マウスの下肢長管骨および感覚神経の細胞体が集まる後根神経節を
組織学的に解析したところ、骨内ではTrkA 陽性および CGRP 陽性の神経線維(用語
5)が減少している一方、後根神経節では感覚神経細胞数に変化がないことが明らかと
なりました。この結果から、メカニカルストレスの減少による骨内神経の減少は、神経
細胞そのものの減少ではなく、骨内への軸索伸長が抑制されたことを反映している可能
性が示されました。
また、メカニカルストレスを減少させた骨に再び負荷を加えると、骨内に投射する感
覚神経が増加し、それに伴って骨量も増加することが明らかとなりました(図2)。
図2. (左)脛骨近位部の骨内神経。( 右)骨に占める骨内神経の割合(%)
さらに、骨内感覚神経が骨恒常性に果たす役割を検証するため、感覚神経末端から分
泌される CGRP を尾部懸垂マウスに投与したところ、メカニカルストレスの減少によ
る海綿骨量の低下が抑制されました。
また、骨 内 に投射する感覚神経が、メカニカルストレスの増加(尾部懸垂後の再荷重)
による骨量の回復に重要な役割を果たすかを検討するため、脛骨内に侵入する神経をメ
スを用いて切離する外科的除神経モデルと、感覚神経を選択的に障害できる Advillin
Cre; DTR floxed マウス(用語 6)を用いた遺伝子改変除神経モデルを確立しました。
いずれのモデルでも、感覚神経が障害された骨では再荷重後の骨形成や骨量の増加は認
められず(図 3)、感覚神経がメカニカルストレスに応じて骨恒常性を調節する重要な
役割を担っていることが明らかとなりました。
図3. 外科的除神経モデル(上)と遺伝的除神経モデル(下)のいずれにおいても、感覚
神経の骨への投射が障害されると、再荷重後の骨形成や骨量回復は認められない。
●社会的インパクト
日本では、高齢化の進行に伴い、骨粗鬆症や骨折による寝たきりが大きな社会問題と
なっています。長期入院や介護が必要な方では、骨へのメカニカルストレスが減少する
ことで骨量が急速に失われますが、その詳しい仕組みは十分には解明されていませんで
した。
本研究により、骨内に投射する感覚神経が骨恒常性の維持に重要な役割を担っている
ことが明らかになりました。この発見は、従来の骨粗鬆症治療とは異なる新たな治療法
の開発につながる可能性があるだけでなく、廃用後の早期離床や運動療法の有効性を科
学的に裏付ける成果でもあります。
さらに、近年は各国の宇宙機関や民間企業による宇宙開発が急速に進み、長期宇宙滞
在や月・火星への有人探査が現実味を帯びています。本研究成果は、長期宇宙滞在に伴
う骨量低下の予防など、宇宙医学の発展にも貢献することが期待されます。
骨へのメカニカルストレスや重力負荷が感覚神経を介して骨量を制御する仕組みを解明 ―宇宙実験と地上実験で、骨内感覚神経が骨恒常性を維持する役割を実証―
代表者 : 村谷 匡史