1万7千人のデータから8種類の微量元素の血清濃度の年齢別・男女別の基準範囲を提示 ~レナテック「メタロ・バランス」にて蓄積したデータを筑波大学が解析~

大規模データを用いて8つの微量元素注1)(コバルト、ヒ素、セレン、ルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、銀、セシウム)の血清注2)濃度の基準範囲を設定することは、公衆衛生・予防医学・環境モニタリングの観点から極めて重要で、微量元素の「集団のベースライン」を把握することで、次の3つの目的に向けた基礎資料として活用が期待されます。
1. 環境汚染と健康被害の早期発見微量元素の体内での働きや健康への影響は、量や化学形態、他の元素との関係によって異なります。
「一般的な濃度分布(ベースライン)」を把握しておくことで、水質や土壌などの環境が変化した際に、複数の元素の濃度が普段とどう異なるかを検討できます。
例えば、魚介類などの食習慣も血中の元素濃度に影響します。基準範囲を環境調査や食事・健康情報と組み合わせることで、環境の変化と健康との関係を調べ、健康影響の早期把握につなげるための基礎資料になります。
2. 地域の土壌・食習慣による隠れた栄養障害の把握
微量元素の摂取量は住んでいる地域の土壌や食生活の影響を受けます。また、血中濃度には体内での
吸収・利用・排泄も関わります。今後、基準範囲を食事・健康情報と組み合わせることで、「食生活
の偏り」や「サプリメントの利用による摂取量の変化」が複数の元素の濃度バランスにどう表れるか
を検討し、集団レベルの栄養上の偏りを把握する手がかりになります。
3. 基礎研究としてのデータ蓄積
複数の微量元素の濃度バランスは、体内の状態を一定に保つ「恒常性」の変化を反映する可能性があ
ります。例えば、ストロンチウムはカルシウムと、ルビジウムはカリウムと似た性質を持ちます。大
規模データを蓄積することで「加齢による骨密度の低下とストロンチウム濃度の関係」などを調べ、
将来の新しい医学的発見(バイオマーカーとしての活用)に繋がることが期待されます。今回の基準
範囲は、こうした研究で年齢・性別による違いを考慮するための基盤となります。
このように、大規模データに基づいた血清濃度の基準範囲の設定は、年齢・性別ごとに測定値を比較す
るための「ものさし」を作る作業であり、現代の環境医学において不可欠なインフラとなっていますが、
これら 8 元素に関してはこれまで、日本の成人の年齢別・男女別の血清基準範囲は十分に整備されてい
ませんでした。
そこで本研究では、血液中の元素のバランスによるがんリスク評価を目的としたレナテック「メタロ・
バランス」の開発・提供を通じて蓄積したデータを筑波大学が解析し、基準範囲を作成しました。国内10
施設の成人17,523人の血清データから8種類の微量元素の血清濃度の年齢別・男女別の基準範囲を提示
しました。
■研究内容と成果
2017~2020 年に国内 12 施設で得られた 19,845 件の記録から、対象条件を満たさない記録や重複受
検などを除き、10施設の成人17,523人を基本集団としました。誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)
注3)で測定した17元素のうち、年齢別・男女別の基準範囲が乏しいコバルト、ヒ素、セレン、ルビジウ
ム、ストロンチウム、モリブデン、銀、セシウムの8元素を解析の対象としました。
臨床検査の基準範囲に関する国際的な指針(CLSI EP28-A3c)を参考に、極端な値の統計学的処理、分
布のゆがみを補正するBox–Cox変換、推定の不確かさを確認する2,000回のブートストラップ解析を行
いました。推定に用いた人数は、元素ごとの処理によって異なります。
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基準範囲は、集団の濃度分布の中央95%に相当する範囲として推定しました。20歳代、30歳代、40
歳代、50歳代、60歳代、70歳代、80歳以上の7群について男女別に整理し、元素ごとに異なる年齢・
性別の特徴を示しました(図1、表1)。採血年や施設による違いも検討し、差の大きさが全体として小
さいことを確認した上で、データをまとめて基準範囲を算出しました。
本研究により、これまで大規模な比較指標が乏しかった8種類の微量元素について、1万7千人のデ
ータから、年齢・性別ごとに測定値を比べる基準範囲、いわゆる「ものさし」が整えられました。
■今後の展開
本成果は、微量元素と食事・生活環境・疾患との関係を調べる際に、年齢・性別による違いを考慮する
ための参照資料となります。また、検査の開発・提供を通じて蓄積されたデータを、後続の研究でも参照
できる比較の基盤へと展開した点に意義があります。
ただし、この基準範囲は、任意検査の参加者集団における濃度分布を表し、健康・病気や有害・無害を
分ける境界ではありません。また、本研究では、がんの判定精度は評価していません。今後は、健康状態
を詳しく確認した集団や地域構成の異なる集団で検証し、測定法が異なる場合の適用可能性も確認する
必要があります。ヒ素など、化学形態によって性質が異なる元素の健康影響を評価する場合は、研究目的
に応じて化学形態別の分析も組み合わせます。