京都⼤学⼤学院医学研究科精神医学教室の⼤塚貞男 特定助教(研究当時、現:兵庫教育⼤学⼤学院学校教育研究科准教授)と村井俊哉 教授、浜松医科⼤学⼦どものこころの発達研究センターの川上澄⾹ 特任助教、筑波⼤学⼈間系障害科学域の⿂野翔太 准教授らの研究グループは、映画の⼀場⾯から登場⼈物の気持ちや意図を読み取る社会認知検査「映像からこころを読むテスト(RMF)」の⽇本語版を作成し、その⼼理検査としての妥当性や有⽤性を検証しました。
⾃閉スペクトラム症(ASD)のある成⼈、うつ病のある成⼈、⼀般成⼈を⽐較した結果、ASD群のRMF成
績は、⼀般群およびうつ病群より有意に低いことがわかりました。また、動的な映像を通して、表情や視線、
⾝振り、セリフ、声の調⼦、⽂脈など、多様な情報が提⽰されるRMFは、静⽌画像のみを⽤いた従来の社会
認知検査「⽬からこころを読むテスト」では捉えきれない社会認知の特徴について、補完的な情報を提供する
ことが⽰されました。今後、さまざまな神経発達症や精神疾患にみられる社会⽣活上の困難の背景を明らかに
し、⼀⼈ひとりの特徴に応じた⽀援につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年10⽉19⽇に国際学術誌Autism Researchにオンライン掲載されました。
映像からこころを読むテスト(RMF)のイメージ図:RMFと従来の社会認知検査との違いを⽰していま
す。図中の画像や選択肢は説明⽤の例であり、実際の検査刺激ではありません。
イラスト作成:⼤塚貞男、OpenAI ChatGPT(GPT-5、画像⽣成機能)を⽤いて作成
1.背景
⾃閉スペクトラム症(ASD)は、社会的コミュニケーションや対⼈関係の難しさなどを主な特徴とする神経
発達症です。その背景にある認知的な特徴を明らかにするため、これまで、写真から感情を判断する検査や、
⽬元の写真から⼼の状態を読み取る「⽬からこころを読むテスト(Reading the Mind in the Eyes Test:RMET)」
など、さまざまな社会認知検査が開発されてきました。
しかし、こうした顔写真を使った従来の検査は、実際の社会的コミュニケーションに⽐べて、扱われる情報
が限定され、かなり単純化されています。⽇常の対⼈場⾯では、表情や視線だけでなく、声の調⼦、⾝振り、
会話の内容、それまでのやりとりや場⾯の⽂脈など、時間とともに変化する多様な情報を組み合わせて、相⼿
の気持ちや意図を推測する必要があります。
「映像からこころを読むテスト(Reading the Mind in Films test:RMF)」 は 、 映画の⼀場⾯を⽤いて登場
⼈物のこころの状態を推測する社会認知検査です。RMF では、時間経過を伴う動的な映像を通して、視覚と
聴覚の多感覚情報が提⽰されます。そのため、表情や視線、⾝振り、セリフ、声の調⼦、⽂脈など、さまざま
な社会的情報を統合する⼒が求められます。そのため、静⽌画像のみを⽤いる従来の検査とは異なる側⾯から、
ASDに関連する社会認知の難しさを捉えられる可能性があります。
そこで本研究では、RMFの⽇本語版を作成し、ASDのある成⼈、⼀般成⼈、うつ病のある成⼈の成績を⽐
較しました。うつ病のある⼈にも社会⽣活上の困難がみられ、⾃閉症スペクトラム指数を測る質問紙検査*1で
は⾼い得点を⽰す傾向がありますが、その背景にある仕組みは、ASDとは異なる可能性があります。ASDと
うつ病を適切に⾒分けることは、それぞれへの⽀援⽅法を選択する上で重要な要素です。そこで本研究では、
RMFの成績から両者の違いを捉えられるかについても検討しました。
2.研究⼿法・成果
本研究では、京都⼤学⼤学院医学研究科精神医学教室で実施された 2 つの研究のデータを⼆次解析しまし
た。解析対象は、ASD研究に参加したASDのある成⼈23名、うつ病研究に参加したうつ病のある成⼈40名
および⼀般成⼈39名の計102名です。
年齢、性別、知能指数*2を考慮した統計解析により3群の成績を⽐較したところ、ASD群のRMF得点は、
⼀般群およびうつ病群のいずれと⽐べても有意に低いことがわかりました(図1)。⼀⽅、うつ病群と⼀般成
⼈群の間には成績の違いはみられませんでした。さらに、従来の静⽌画像を⽤いた社会認知検査であるRMET
図1. 各群における映像からこころを読むテスト(RMF)の成績:⿊い点は各参加者の得点、⾊のついた図
形は得点の分布を⽰しています。横幅が広いほど、その付近の得点をとった⼈が多いことを意味します。
に加えて、RMFが各群を⾒分けるための⼿がかりを提供するかを検討しました。その結果、RMFは、ASD群
と⼀般群、および、ASD 群とうつ病群を⾒分けるうえで、RMET だけでは⼗分に捉えられない補完的な情報
をもたらしてくれることが⽰されました。
ASD群において、RMFの成績と、専⾨家が評価したASD症状の重症度や、本⼈が回答した⾃閉症スペクト
ラム指数*1との間には、有意な関連はみられませんでした。⼀⽅で、RMFとRMETの成績との間には有意な
正の相関がみられました。つまり、⽬元の写真から登場⼈物のこころの状態を読み取ることが難しい⼈ほど、
映画の⼀場⾯から登場⼈物のこころの状態を読み取ることも難しい傾向がありました。この結果は、RMF ⽇
本語版の社会認知検査としての構成概念妥当性*3を⽰しています。
なお、本研究の結果は、RMFだけでASDを診断できることを⽰すものではありません。RMF⽇本語版の
⼼理検査としての特性や臨床的な有⽤性については、今後も検証を続けていく必要があります。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、動的で多感覚的な映像を⽤いたRMFの⽇本語版を作成し、ASDに関連する社会認知の難しさ
を捉える可能性について検討しました。RMFは、表情や視線、⾝振り、セリフ、声の調⼦、⽂脈など、⽇常の
対⼈場⾯に近い多様な情報が含まれることから、静⽌画像を⽤いた従来の検査とは異なる、⽣態学的妥当性*4
の⾼い社会認知検査として、既存の⼼理検査を補完する可能性があります。
臨床実践においては、今後の検証を重ねることにより、従来の検査だけでは捉えにくかった社会認知の特徴
を具体的に理解するための、有⼒な評価⼿段となる可能性があります。将来的には、ASDやうつ病、統合失調
症などにおける、表⾯的には似ている社会⽣活上の困難について、その背景にある違いをとらえることに役⽴
つ可能性があります。⼀⼈ひとりの困難が⽣じるメカニズムを把握し、その特徴に応じた⽀援⽅法を検討する
ことにつながることが期待されます。
研究⾯では、RMF ⽇本語版を⽤いることにより、さまざまな神経発達症や精神疾患でみられる社会認知の
難しさについて、共通点と相違点を⽐較する疾患横断的な研究が進むことが期待されます。また、異なる⾔語
や⽂化圏での結果を⽐較することで、社会認知のどの側⾯が⽂化を超えて共通し、どの側⾯が⽂化的・⾔語的
背景の影響を受けるのかを明らかにできる可能性があります。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、⽇本学術振興会科学研究費助成⾦事業(18K13345「統合失調症および⾃閉スペクトラム症への
社会認知スキルトレーニング⽇本版の開発」、23K22364「統合失調症と⾃閉スペクトラム症への社会認知トレ
ーニングの効果増強:神経基盤の解明」)の助成を受けました。本研究は、京都⼤学⼤学院医学研究科精神医
学教室が中⼼となり、浜松医科⼤学および筑波⼤学との共同研究として実施されました。
映画場面から「こころを読む」社会認知検査の日本語版を開発 ―ASD・うつ病・一般成人の成績を比較―
代表者 : 魚野 翔太