ミラクルフルーツとは?
ミラクルフルーツは、西アフリカ原産のアカテツ科の熱帯小木で、コーヒー豆くらいの大きさの赤い実をつけます。現地の人たちは、昔から、酸っぱいヤシ酒を飲んだり、トウモロコシを発酵させた酸味のあるパンを食べる前に、この実を噛む習慣がありました。
ミラクルフルーツの実自体には、味がほとんどありませんが、この実を舌になじませた後に、酸味があるものを食べると甘く感じるという不思議な果物で、ブレーンヨーグルトが甘いヨーグルトの昧になり、レモンが、あたかも甘いオレンジであるかのように感じます。
糖たんぱく質ミラクリン
このような現象は、ミラクルフルーツだけに含まれている昧覚修飾作用を持つ糖たんぱく質、ミラクリンによって起こされるものです。人の舌には、受容体という、甘味や塩昧を感じる特殊な細胞があります。ミラクルフルーツを舌になじませると、ミラクリンが、この甘味の受容体にスポッとはまるんですね。その時点では何も起こらないのですが、後から酸味が入ると、受容体にくっついたミラクリンの立体構造に変化が起こって、甘味の受容体を刺激するため、本当は酸っぱいはずの昧を、甘いと感じるようになるのです。
ミラクリンが甘味の受容体に結合した状態は1~2時間続くので、その聞はずっと酸味が甘味に感じますが、熱つめのお茶を飲んだりすると、元に戻ります。
ミラクリンの可能性と問題
このミラクリンは、飲料や食事に添加することで、無理なく糖分の摂取を抑えるととができるため、糖尿病の食事療法や生活習慣病予防の甘味剤としての利用が期待されています。
しかし、熱帯原産のミラクルフルーツは、国内での栽培が難しく、輸送には冷凍保存が必要で、高いコストがかかるため、とても高価という問題がありました。1gのミラクリンを採るために、200万円もの材料費がかかってしまうのです。
そこで、我々は、栽培技術が確立していて一年中いつでも栽培できる作物に、遺伝子組換え技術を使って、ミラクリンを作らせようと考えました。ミラクリン遺伝子を取り出し、レタス、イチゴ、トマトなどに導入・発現させる研究を開始したのです。
ミラクルトマトと植物工場
研究を進める中で、トマトにおいて、最も安定的にミラクリンが発現していることが確認されたため、研究対象を組み替えトマトに絞り、さらなる開発に取り組みました。
具体的には、閉鎖型植物工場の開発や、これを用いた高収量栽培技術の開発、植物工場に適した小型の組み換えトマトの開発などです。
植物工場では、栽培装置を2段重ねにするだけでなく、何段でも重ねることができるので、単位面積当たりの収量を増やせます。また、組み換えトマトと矮性小型トマトと交配し、従来の4株分のスペースに8株植えることができる、小型組み換えトマトも開発しました。結実する実も小さくなりますが、収量は多く、1粒で十分効果があるくらいのミラクリンの量を作っています。
トマトからのミラクリン精製法も新規に開発し、ミラクリン1gを1万円以下で生産できるシステムが確立できました。
安全性確認と認可
遺伝子組み換え作物を市場に出すまでには、基盤開発、技術開発、実用化という段階があります。前の二つはほぼ終わりましたから、これから実用化の部分を、産学連携・国際連携などで進めていく段階です。食用としての安全性の調査や認可までの手続きは、企業にお任せしています。
ミラクリン生産トマト(ミラクルトマト)は、将来的には、ミラクリンを抽出して、食品添加物のような形で使っていくことになると思いますが、まずは、普通のトマトとして認可してもらい、生で食べるとか、パウダーにして食品の加工に使うといったことを目指しています。
ミラクルトマトの安全性
遺伝子組み換え作物を不安に思う市民の感情は強いものがあります。遺伝子組み換え作物が市場に出るまでには、非常に多くの 検査・分析をするので、許可されたものの安全性は高いと思いますが、「科学的に正しいといっても、感情的に嫌」という心理も理解できます。
ミラクルトマトについては、認可をとりつつ、市民の方々が、自分たちで判断して、「これは食べたいな」と思ってもらえるような状況を作っていく必要があると思っています。
フード・セキュリティ
リサーチユニット
ミラクルトマトは、食事を通して、病気を未然に防ぐアイテムのひとつになると思います。ミラクルトマトだけに限らず、これからは、日ごろの食べ物を、安全に適切に取ることによって、なるべく医療のお世話にならないで、健康な体を維持するということについて、今まで以上に考えていかなければなりません。
そこで、24年度から、農学関係の先生が集まり、学生の皆さんを巻き込んで、食や食糧のことについて、教育としても研究としても追求していくことを目的に、「フード・セキュリティ リサーチユニット」を立ち上げました。
学生たちの関心の高さは、びっくりするくらいです。大学院の前期課程で、オムニバス形式で先生方が登壇する必修の講義を始めたのですが、学生たちがとても熱心ですばらしいレポートを出してくるんですね。そうした学生たちの熱意を感じた先生方も、ますます力が入っていて…。これからどんどん盛り上がって、1年、2年経つと、筑波大の看板になっていくんじゃないかな、と期待しています。
江面浩教授(生命環境系)