人はなぜ踊るのか
「ダンス」と聞くと、「自分には縁がない」あるいは「体育の授業でやらされた」というような、必ずしもポジティブではない印象を持つ人もいるでしょう。けれども、どんな時代・国・民族にも、歌やダンスの文化があります。感謝や祈りを表す、人とつながる、自分を表現する、また最近では、健康のためにダンスをする人も増えています。踊ること、身体で表現することは人間の本能的な欲求なのです。
ダンスとの触れ合いは、自分の中に潜んでいた感覚や感情が引き出されたり、そこから新たな知的好奇心が芽生えるような、豊かな体験へと導いてくれます。人間のコミュニケーションの大部分は、実は言葉ではなくそれ以外の情報によるものだといわれています。そういった意味において、ダンスは原始的かつ効果的な意思の伝達方法であり、多様で自由なコミュニケーションを成り立たせることが可能となります。
舞台では奇跡が起こる
演劇やオペラなどと同様、ダンスも舞台芸術のひとつです。時間・空間・動作の連続性の組み合わせで構成され、さらに衣装・証明・音楽・小道具などさまざまなものを駆使して演出されて作品が出来上がります。残念ながら物質的に保存することができないため、立ち会う人(観客)がいなくてはダンスという現象が保障されません。舞台芸術は観客の言説による精神的な繋がりによって成り立つともいえます。
私たちの身体の状態は日々変化します。これを受け入れながらダンサーは日々身体を整えて準備をします。そして、舞台上で芸術という永遠を手に入れるため、瞬間にすべてを注ぎます。
観客として劇場へ足を運ぶということは、その瞬間を捉えるという代えがたい体験を求めているといえます。
私のダンス作品の特徴は、物語や感情そのものを説明することではなく、感覚やまわりの情景に訴えることを創造の源としています。そして、身体から発する生命観を余すことなく滲み出させたいと考えています。そして観客一人一人の個人的な記憶や感性を呼び覚まし、変化をもたらすと信じています。
コンテンポラリーダンスの魅力
コンテンポラリーダンスは1980年代以降に興った流れで、現代アートとともに注目されるようになりました。ただしその定義はいまだあいまいで、ルールに縛られない、ボーダレスなダンスともいえます。極端に言えば、劇場で演じる必要もなく、踊りの経験や技術がなくてもかまわないわけです。また、科学技術の研究分野とのコラボレーションなど、実験的なチャレンジも可能です。それだけに、ダンサーや振付家の美学や感性が問われます。こういった試みには安心材料がありませんから、観客に受け入れられるときと、そうでないときがあります。しかしそれも承知の上で、従来のダンスのあるべき姿を裏切って冒険することが、コンテンポラリーの魅力のひとつです。
現在は、ダンスの世界も大きな変化を迎えています。20世紀のアートを築いた巨匠と呼ばれていた先人たちが去り、次の世代に移る過渡期といえます。伝統芸能であっても、例えば邦楽と洋舞などの組み合わせのように、時代にマッチさせようとさまざまな試みを重ねています。こういった「ちょっとずれたこと」を試行錯誤する、その繰り返しがダンスをじわじわと進化させていくのです。
コンテンポラリーダンスもいずれ長い歴史の中で評価されるときが来ますが、「21世紀前半は多くの人がダンスを楽しんだ」といわれるように、このフィールドでがんばる人たちが注目されるようになることが大切です。
大学とダンス
筑波大学で専門的にダンスを学び、教えるということには大きな意味があります。ただ振り付けどおりに踊り、テクニックを競うだけではなく、自分の身体をどのように取り扱うかを考え、他人の新体制との違いを理解する、そういった客観的な視点を持つことは、ダンスに取り組む上で大きな糧になります。また、ダンスを自分の世界のすべてにせず、社会の中のひとつの要素として捉え、その果たすべき役割を理解することも、ダンサーを目指す人にこそ大事な感覚です。
私は大学教員という立場を持つことで、発進力が高まり、学生や後進により多くのチャンスを与えることができるとも考えています。特にコンテンポラリーダンスは、ダンス界全体の中でも小さなうねりに過ぎません。職業にもなりにくいのが現状です。私が学内外で行っているさまざまな活動が認められることで、結果的にコンテンポラリーダンスの価値が高まり、後に続く人たちに目指す道が開かれていくよう願っています。
ダンスの力を証明する
舞台芸術としてのダンスは身体訓練に裏付けられた高度な芸術です。集中力を養い、身体を突き詰め、極限の動きを追求するという、武道にも似た側面もあります。心と身体を結びつけ、ダンサーと観客の間でイマジネーションを共有するコミュニケーションであり、娯楽・エンターテイメントの範疇を超えて、観る者の心に訴えかけ、変化のきっかけを与える力を持っています。私はそのことを証明したい。「ダンスには縁がない」と思っている人こそ、劇場に足を運んでみてください。立ち会えて良かった、生きることが愛おしいという感覚にきっと出会えるはずです。
平山素子准教授(体育系)