「なぜ人間は眠くなるのか」「睡眠時間はどうやって決まるのか」。こんな、一見単純な疑問にも、人類はきちんと答えられない。まだ謎の部分が多い睡眠のメカニズム解明に挑むのが世界の睡眠研究の第一人者、柳沢正史教授(国際統合睡眠医科学研究機構)だ。
柳沢教授は3年前から、睡眠量や眠気などに関係する遺伝子を突き止めるための研究に取り組み始めた。そして、睡眠時間を調節する遺伝子を突き止めるなど早くも成果を上げている。
柳沢教授が最近特定した睡眠に関わる遺伝子は二つある。一つは「スリーピー」という、睡眠時間を調節する遺伝子。これに異常があるマウスは睡眠時間が1・5倍以上に増えた。もう一つは「ドリームレス」という遺伝子。これに異常が見られるマウスはレム睡眠(夢を見る状態の睡眠)が長く続かなかった。 「いずれも睡眠との関連が全く指摘されてこなかった遺伝子だった」(柳沢教授)。成果は新しい睡眠薬の開発研究などへの応用が期待されている。
これまでの睡眠薬は「ある種の麻酔」(柳沢教授)だった。これらの薬によって引き起こされる睡眠は自然な睡眠と脳波が違う。だが、スリーピーに作用する薬ならより正常な睡眠に近づけられるかもしれないという。また、スリーピーを詳しく調べることで「なぜ睡眠時間の長さに個人差があるのか」も明らかにできる可能性があるという。
柳沢教授の研究では約2万個あるとされるマウスの遺伝子から約50個を無作為に選び、化学物質を使って、突然変異を起こす。すると、ごくまれに睡眠時間が異常に長いなどのマウスが現れ
る。その遺伝子を調べ、睡眠への影響を調べる。これまで調べたマウスは6000匹以上。まさに手探りの実験を繰り返してきた。
柳沢教授が睡眠を研究し始めたのは1999年。逆説的だが「何がどのように睡眠量や眠気を調節するかなどは全く分かっていない」ということが、最初の10年で分かったことだった。結局、「睡眠の本質」に迫るには睡眠と関わる遺伝子を「数撃てば当たる」(柳沢教授)方式で探るしかなかった。
だが、この方法はリスクも大きい。時間は限られている上、マウスを飼育する費用や人手もかかる。成果が出るかも分からず、睡眠研究で柳沢教授以前に、この方式を選んだ研究者はいなかった。「もし成果が出なければクビ」。それでも「誰かがやらなければいけない」という思いが挑戦へのエネルギーになった。
睡眠と関わる遺伝子を睡眠に関わる遺伝子特定睡眠研究探し始めて3年。「スリーピー」を発見するなど成果も出た。ただ、研究はまだ始まったばかり。「睡眠のメカニズムを解明することに貢献できれば歴史的な大仕事になります」。それが明らかになる日もそう遠くはない。(鈴木拓也=人文学類2年)