生命環境系 ブザス ディアナ (BUZAS Diana) 准教授
それはサボテンに対する興味から始まりました。ブザスさんは,ルーマニアの様々な歴史に彩られたトランシルバニア地方で生まれ育ちました。ルーマニアでは,初等教育(小・中学校)が8年間,中等教育(高等学校)が4年間という教育制度になっています。高校では専門科目も選ぶことになっており,ブザスさんは数学と物理を選択しました。ブザスさんは,小さな頃からいろいろなことに興味をもつ子供でした。親から特に何かをしなさいと言われたことはありませんでしたが,数学と物理を選んだのは,エンジニアだった父親の影響もあったのかもしれません。しかし,サボテンの収集家と知り合ったことから,自分でもサボテンの栽培をするようになりました。いくつもの種を,種子から育てたのです。種子から芽を出したばかりの苗は,大きなサボテンとは似ても似つきません。だんだん,いわゆるサボテンらしくなっていくのです。しかも最初のうちは,種の判別ができないほどどれもみなよく似ています。そんな成長の仕方を観察することで,ブザスさんは植物研究に夢中になりました。そして,サボテンは,成長の過程で,祖先種の段階を繰り替えしていき,しだいに種独自の特徴を発達させるという仮説まで思いつきました。その仮説を高校の歴史の先生に話したところ,それは19世紀のエルンスト・ヘッケルという有名な動物学者が唱えた「反復説」と呼ばれる説と同じだと教えられました。しかも,動物学ではその考え方は今は否定されているとも。それでもブザスさんは,自力で観察結果から仮説を立てられたことが大きな自信になったそうです。
関心が植物学に移ったため,大学では園芸学を専攻し,遺伝学を学びました。そこで分子生物学と出会い,大学院はオーストラリアに留学して博士号を取得しました。いったんは帰国しましたが,すぐに再びオーストラリアに戻り,博士研究員となりました。来日したのは2009年です。奈良先端科学技術大学院大学,長浜バイオ大学,横浜市立大学の研究員,特任助教を経て,2015年に筑波大学に着任しました。最新成果を発表し,研究に弾みがついたところでの異動でしたが,地域,国,機関を問わず,より良い研究環境を求めるというのが,ブザスさんの信条だそうです。
エピジェネティクスが起るとスーツがドレスに!?
目下の研究分野は植物のエピジェネティクス。ちょっと聞きなれない言葉ですが,ものすごい勢いで研究が進んでいる分野です。生物の遺伝情報は,DNAの塩基配列として親から子へ伝えられていきます。精子と卵子の受精,雄しべの花粉と雌しべの受粉では,親の遺伝情報が半分ずつ,子に伝えられます。その時点で子の遺伝情報(DNAの塩基配列)は確定するわけですが,受精した生殖細胞が成長する過程で,DNAの配列は変化しないまま,出現する特徴(表現型)が変わる仕組みがあります。それがエピジェネティクスです。DNA修飾,DNAメチル化などと呼ばれる現象です。ブザスさんはその仕組みと応用を研究しています。エピジェネティクスは,たとえば洋服にたとえられるそうです。同じDNA配列でも,DNA修飾が起こると,シンプルなスーツがゴージャスなドレスに変わったりするのです。ブザスさんの夢は,1年生の作物をエピジェネティクスの原理を活用して多年生に変えることで,安定した食糧生産を実現することです。そのために,目下は実験室の整備と研究費の確保に奔走する日々だそうです。
ブザスさんは,平仮名のしなやかさ,美しさが好きだと語ります。でも漢字は難しい。そこで,オフィスの壁に常用漢字表を貼り,30分計の砂時計で時間を測りながら,漢字の書き取りを集中的に練習しています。オーストラリアの研究所では,金曜の夕方は隔週でハッピ-アワーと称し,各自飲み物などを持ち寄って語らう機会がありました。いろいろな情報を交換できる,とてもよい機会でした。ならば筑波大でもと,月2回金曜日の午後5時半,「花金」と称した談話会を呼びかけています。コスモポリタンとして,筑波に根を張り,大輪の花を咲かすのは間近です。
(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)
(2016.3.10更新)