システム情報系 岡 瑞起(おか みずき) 准教授
路上でも公共交通の車中でも、スマートフォンや携帯を手にした人をたくさん見かけます。スマートフォンの急速な普及を支えているのが、略してウェブと呼ばれるWorld Wide Web(WWW)です。提唱されたのは1989年、実際の登場は1990年とされているので、すでに四半世紀を経たことになります。当初のウェブページは極めてシンプルなものでしたが、今はソーシャルネットワークサービス(SNS)、通販サイト、金融サイトなど、私たちの生活のあらゆる局面に入り込んでいます。SNSが登場する前のアナログな世界でも、世間は狭いと言われていました。心理学者のスタンレー・ミルグラムによる、知り合いの知り合いをたどれば世界中の誰とでも平均6人でたどり着けるとする「6次の隔たり」仮説は衝撃でした。2011年には、Facebookの圧倒的なソーシャル・ネットワークデータを利用して、それが6人以下の仲介で繫がっているということが証明されています。人間のつながりやら行動までさまざまなデータが蓄積される現在の社会でどんなことが起っているのか、その分析はコンピューターサイエンスの手に余ります。社会学や心理学、経済学などの複合領域が必要です。ウェブは学際的な研究対象となる、いやそうすべきだとして2006年に提唱されたのがウェブサイエンスです。岡さんは、2015年に、ウェブサイエンス研究室を立ち上げました。
研究のフィールドはウェブという生態系。
複雑化したウェブは、各種サービスの錯綜した動きがそこここで相互作用を起こし、予想外の反応を創発させています。ウェブ全体が自然現象化し、グローバルな生態系と見なせるような発展を遂げつつあるという見方もできます。たとえば、代表的なSNSを見ただけでも、ブログ、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、スナップチャットなどなど、多様性を増しています。このような発展を、かつて誰が予想したでしょう。岡さんは、そうした動きを生態系内に生息する生物の進化に見立て、各種統計処理や機械学習の手法を駆使して解析し、ウェブ進化のメカニズムを解明したいと考えています。もちろん、生物の進化とは違い、ウェブは世代交代をしないので厳密な意味での進化はしません。生物進化では、絶滅した系統の復活はありえませんが、ウェブでは消滅したサービスやページが復活することも可能です。しかし、サービス手法や情報がコピーされることは増殖、その際のコピーミスは突然変異であると見なせば、アナロジーとして進化を論じられるというのが岡さんの方法論です。ウェブという生態系の中の「人工生命体」とも言うべきサービスや情報の挙動を解析し、どのような創発・進化が起きてきたのか、これから起こるのかを、コンピューターサイエンスだけでなく、数学、社会学、心理学、経済学、政治学、生態学、アートなどの知見を動員して探る。その第一歩として岡さんは、多彩な分野のメンバーを集め、ALife Lab.(エイライフ・ラボ)というリサーチ・コミュニティを立ち上げました。
ALifeとは、Artificial Lifeすなわち人工生命の略です。リアルな生命体は、生きて増殖するというモチベーションをもっています。本来、人工システムにモチベーションはありません。しかし、人工システムに「増殖」というモチベーションを人為的に授けたとしたらどうなるのでしょう。他のシステムを駆逐しだすかもしれません。あるいはシステムを利用する人間の洗脳を始めるかもしれません。絵空事のように聞こえるかもしれませんが、通販サイトでは、閲覧・購買履歴にもとづいて「お勧め商品」が紹介され、利用者の嗜好に合わせてカスタマイズしたニュースが配信されたりすることは日常茶飯事です。情報を見に行くだけで、無意識に誘導される仕組みが実際に動いているのです。人工知能(AI)や人工生命(ALife)をどう育てるべきかを議論する必要性が、遠からず生じることでしょう。岡さんはそう予測しています。新たな社会問題を創出するウェブを科学することで、逆に新しい文化の創発を目指す。そんな視点に立ったシンクタンク的な研究所の創設を、岡さんは目標に掲げています。多彩な分野の専門家集団で構成され、社会に存在する問題を発見して解決したり、提言をする研究所です。ALife Lab.はその第一歩です。
リアルな場で議論を重ね、仮想空間で情報を共有する。
(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)
(2016.8.23更新)