体育系 齊藤 まゆみ 准教授
障がいの内容や程度にかかわらず、誰でもその人にあったスポーツがあるはずです。ルールを変えたり、指導方法を工夫するなどすれば、身近なスポーツへの扉が開かれます。齊藤さんは、聴覚障がいを中心に、それぞれの人にあった体育・スポーツ活動「アダプテッド・スポーツ」を展開するための研究、実践、教育を進めています。
走る、跳ぶ、投げるといったスポーツの基本的動作において、聴覚は関係ないように思えます。しかし、走りながら風を切る音、地面を蹴る音、ボールがぶつかる音など、力加減や距離・方向・タイミングを確認する上で、音は重要です。そうした音のフィードバックに基づいて動作の微妙な調節を積み重ねることで、運動能力を上達させられるのです。この点で聴覚障がい者は不利を抱えています。
授業では各種アダプテッド・スポーツを学び体験する
指導者からの指示やチームメイトとの連携、試合進行の合図にも声や音が使われています。でも、聴覚に頼らない合図を工夫すれば障がいがあってもだいじょうぶ。どのスポーツでもブロックサインを使うし、簡単な動きで意志が伝わるよう、チーム内で決めておけばよいのです。スタートや得点・反則の合図はボードや旗、光を利用します。アダプテッド・スポーツの工夫は、結果的にみんなにわかりやすい競技環境を作ります。
齊藤さんは、選手の動きを詳細に観察・分析し、聴力の違いが動作に及ぼす影響も探っています。見た目の動きは同じでも、体重の掛け方やタイミングが微妙なのです。そうしたデータが、指導方法やコミュニケーションの取り方に生かされます。バイオメカニクスや心理学など異分野とのコラボレーションも欠かせません。異分野協働は、分野間の敷居が低い総合大学、筑波大学ならではの売りです。
パラリンピックに聴覚障がい者の競技はありません。世界には、聴覚障がいのあるオリンピック選手がたくさんいます。過去、金メダルを獲得した選手もいます。オリンピック選手もいる一方で、「デフリンピック」という聴覚障がい者だけの国際スポーツ大会もあります。1924年から続いており、パラリンピックよりも長い歴史があります。独特の聾(ろう)文化に支えられてきた活動です。聴覚のみならずさまざまな障がいについて、アダプテッド・スポーツを広めることで、障がいのある人が地域で豊かな生活を送るための機会が広がります。
つくりんピックには多数の学生ボランティアが参加する
学生に人気の研究室は総勢30名ほどの大所帯。障がいのある人も含めて、ほとんどがアスリートです。世界レベルの選手もいます。授業を受ける学生はほとんどがスポーツの指導者を目指していることから、机上の知識だけでなく、さまざまな障がい者スポーツの現場での支援や指導に携わる機会を設けています。なかでも毎年12月に開催する「つくりんピック」は特筆もの。筑波大学・筑波技術大学・県立医療大学が連携し、障がいのある人と関係者が自由に参加できるイベントです。子どもから大人まで200人以上が参加し、存分にスポーツを楽しみます。どんな人でも受け入れられるのがアダプテッド・スポーツの特徴なのです。
水球の選手だった齊藤さん。スポーツの醍醐味を知っていることから、障がい者も一緒に楽しめるスポーツがなぜ少ないのかという疑問を抱きました。特に聴覚障がい者は、インクルージョン(通常の活動に一緒に参加する)が進んでいる反面、外見からは障がいに気付かれにくく、十分な支援を受けられないという実情があります。手助けするのではなく、交流し共に活動する、自身そういう意識に変えたことで、たくさんのことに気づいてきたといいます。
聴覚障がい者スポーツでは、声援のかわりに足を踏み鳴らしたり、ラグビーでトライが決まると観客がいっせいに「TRY」と書かれたボードを掲げます。逆に音に頼る視覚障がい者スポーツには、プレー中に余計な音がいっさいない独特の緊張感があります。観客に各種の「作法」が求められるのです。そしてこれが、選手と観客との一体感につながります。会場全体で競技を盛り上げる感覚はアダプテッド・スポーツならではの楽しみ。選手の活躍以外にも見どころ満載です。
聴覚障がい者ラグビーではトライをすると観客がトライ標識を掲げる
(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)
(2016.9.05更新)