新しい“山の手入れ”で、森の命と水循環を救う(JST news 2016.9月号)

代表者 : 恩田 裕一  

恩田 裕一 (おんだ ゆういち)筑波大学アイソトープ環境動態研究センター 教授

 日本は国土の約65%を森林が占める「森の国」である。これまで輸入材の増加で国産木材価格が低迷し、林業従事者の高齢化もあって人工林の荒廃が進んで いた。鬱蒼と茂った森林は豊かに水を蓄えているように見えるが、雨水は枝葉から蒸発してしまい、土壌にまでは浸透しない。森の機能を回復させる有力な対策 が、間伐である。適切な間伐により、雨水の蒸発が減り、光が森林下層にまで届くことで下草が回復し、土壌への浸透能力が高まる。同時に、表面流による土砂 流失や濁水も防ぐことができる。
 JSTのCREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域における「荒廃人工林の管理による流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発」では、水源林の視点から、適切な間伐による森林管理について研究した。

 「水管理には、人工林の50%間伐が有効」と、CRESTの研究代表者、恩田裕一筑波大学アイソトープ環境動
態研究センター教授は指摘する。研究チームは、全国5か所の人工林で50%前後の間伐を実施し、降水、蒸発、
表面流、地下水流などのデータから間伐の有効性を実証した。

水循環と水の収支をとらえる「水文観測システム」

間伐の有効性は、これ以前のCRESTでの研究『森林荒廃が洪水・河川環境に及ぼす影
響の解明とモデル化』(2003-2008年)の成果として得られた。
 管理放棄された人工林の下層に太陽光が届かず、下草が衰え、土壌浸透力が低下して表面流が増加する実態を明らかにした。「下草の回復には50%の間伐が必要なことを証明したのです」と先行研究の成果を語る。
 日本の人工林の間伐は一般的に30%程度とされる。成果を実証するには実際に50%伐採を行う必要があった。今回の研究では、地質や気候などが異なる栃木、愛知、三重、高知、福岡のスギ、ヒノキ林で30 ~ 60%の間伐をし、水循環の変化を観測した。
 森林の水循環(降水から蒸発散、表面流、地下水流など)のデータを集めることは容易ではない。調査する森林の内外に雨量計を設置し、表面流や林地から排出される水の量を測り、全体の流れを把握する。さらに、樹木からの蒸発散量、林床からの蒸発量を測定するセンサー、幹に沿って流れる水量の測定装置、水質を調べる装置などを要所に設置して、総合的に水循環をとらえる「水文観測システム」を整備した。
 このシステムを作り、まず伐採前の基礎データを収集した。その後、斜面に沿って帯状に伐採する「列状間伐」、等間隔に伐採する「点状間伐」で、伐採前後のデータを比較して効果を確かめた。

人工林を持続的に利用していく

 この大がかりな観測システムによって、降雨が樹木の枝葉にとどまる「樹冠遮断量」の変化を明らかにした。伐採前の人工林では、森林が存在しない草地に比べて5 ~ 8割程度しか雨水が地面に到達しない。残りは枝葉にとどまって降雨の間にも蒸発してしまう。50%間伐を行うと樹冠遮断量が減少し、間伐前には約3割だったのが間伐後には2割に減った。間伐後は下草からの蒸発量が増えるものの、土壌への浸透は確実に増加した。土壌への浸透が増えると、豪雨の際にも河川への流出を抑え、地下水としての貯蔵力を高めることになる。
 人工林から河川への流出量も増加し、栃木県内の森林調査では年流量が約1.4倍に増えた。また、間伐に伴う土砂の流出は下草が回復するにつれて抑えられ、河川の水質への影響もほとんどないことを確かめた。
 「特に、渇水期の夏場の河川流量が増えることを実証できたことに大きな意味がありま
す」と恩田さん。利根川流域などでの渇水が心配されているだけに、心強い結果である。
 この5年間のCRESTの研究では、航空機レーザー測量なども活用し、森林状態の変化に対応する水と土砂の流出モデルをまとめ、濁りを抑えつつ渇水時の水量を最大化するための「森林管理手法シナリオ」の提示も行った。
 2011年3月の東日本大震災に伴う原子力発電所事故後には、栃木県内などに設置してあった「水文観測システム」のデータが、原子力発電所からの放射性物質の移行に関する研究(J-RAPID)にも貢献した。
 「人工林は30年、50年単位で植林、育林、伐採を繰り返すことで持続的に利用できます。これまでの森林管理は経済性や生態系保全が中心でしたが、水管理の面からも間伐の有効性を実証したのは初のケースです。この研究が、私たちにとって大切な水源である森を守り利用していくために、貢献できればと願っています」と恩田さん。
 この成果は、里山や公園、街路樹の管理にも活用できるというから心強い。