「個人研究とグループ研究」 私と科研費 No.39(2012 年4月号)
筑波大学・生命環境系・教授
元日本学術振興会・学術システム研究センター・総合・複合新領域主任研究員
渡邉 信
大学院時代から研究対象としてきた藻類とつきあって、40 年になる。約 30 億年前に地 球に出現したとされるラン藻類が、光合成をおこない、大気中に充満していた二酸化炭素 を吸収して酸素を発生したことから、地球における生命躍動の歴史が始まったと言われて いる。藻類が現在の大気をつくり、オゾン層をつくり、さらに大気が酸化的環境になった ことで多様な好気性生物が誕生し、生態系のサイズが 1 兆倍となり、また藻類が発生する 酸素が水中に溶存していた二価の鉄イオンを酸化して鉄鉱石をつくり、藻類が中東の石油 の主要な原資源となるなど、藻類が地球と人間の歴史に果たしてきた役割は非常に大きい。 私の藻類研究は、自然に生育している藻類の観察と分類同定から始まった。その後、藻 類における種の分化の研究へと展開したが、学位をとったあとの勤務先は国立環境研究所 (当時国立公害研究所)であった。当時大きな社会問題となっていた赤潮発生機構を解明 するため、赤潮原因種を分離培養して純粋培養を確立し、生理的特性を把握することが重 要な課題となっており、大学院時代の研究で、藻類の純粋培養をおこなっていたこともあ って、白羽の矢があたったのであろう。したがって、私はプロジェクト研究を担う一員と しての任務で研究を展開していたが、プロジェクトリーダーが非常に学識のある方だった ことから、社会的任務の中でも私たちプロジェクト担当研究員は自由な発想で議論し、基 礎研究を展開することができた。プロジェクトを開始してから数年後、研究成果が出たこ ともあって、科研費に初めて応募し、採択通知をもらった時は、これでやっと一人前の研 究者として認めていただけたと非常に嬉しかったことは決して忘れない。その後、緑色渦 鞭毛藻類の進化系統、アオコの毒性研究、絶滅危惧藻車軸藻類の研究などで数回科研費を いただいて、自由な発想にもとづく基礎研究を進めたが、プロジェクトのリーダー格にな ってからは、プロジェクトに専念することとなり、科研費に再チャレンジするのは 2006 年度に筑波大学に籍をおいてからとなる。
筑波大学に勤務するようになった頃は、科学技術振興調整費国際リーダーのプロジェク トと環境省の地球温暖化対策事業の藻類エネルギープロジェクトを抱えていた。環境省の プロジェクトは基礎研究という位置づけでスタートしていたにもかかわらず、担当する行 政官が替わってから雲行きがあやしくなり、実用化を厳しく問われるようになってきた。 プロジェクトのメンバーの全員が、藻類エネルギー研究は基礎研究の段階であるという認 識にあり、堂々と基礎研究を実施したいという強い意志をもっていたことから、科研費基 盤研究(A)にチャレンジし、無事採択された。この基盤研究(A)で実施した藻類エネル ギー研究は、その後科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究へと発展 し、さらに 2011 年末に政府に認められたつくば国際戦略特区において藻類エネルギーの 実証実験研究へと発展することとなった。 筑波大学に勤務しながら、2007 年 4 月より日本学術振興会学術システム研究センター の主任研究員(総合・複合新領域担当)として働く機会を得た。そこで科研費の種類、審 査体制など多くを学ぶことができた。基本的に科研費は、研究者個人の自由な発想に基づ く研究への補助金として位置づけられているが、基盤研究(A)や(S)のような大型の研 究種目になるとグループ研究のイメージが強いものが多くなり、基盤研究(B)ですら、 18 名を超える研究分担者・研究協力者をかかえ、グループ研究としか思えないような申請 も少なくない。重要なことは、科研費はあくまでも個人研究であると言いはるのではなく、 予算額の多少にかかわらずグループ研究を組まないと推進することできない課題があると いう事実をしっかりと認識することである。特に総合・複合領域となるとその傾向がより 強くなる。私たちの藻類エネルギーの科研費はまさしくグループ研究であった。ただし、 グループ研究といえども基本的には構成員である各研究者の自由な発想が尊重されるべき であり、リーダーは研究が無秩序に発散しないように、研究の進展に応じてサイエンスと して体系化していくことを怠らないことが任務であると考えている。かつて「総合研究」 という、グループ研究を推進する制度が科研費にはあったのに、どのような理由と経緯で 消滅したのか、日本学術振興会学術システム研究センター在任中に確かめておくべきだっ たと悔やまれるが、グループ研究であるがゆえに大きく展開できる課題もあることは確かなので、今後グループ研究をどのようにして正式に科研費に組み込んでいくべきか、検討 する必要があるのではないだろうか。