モネの名作「柳の反映」復元 過去に思い馳せる契機に

代表者 : 飯塚 里志  

 数奇な運命を辿ったクロード・モネの幻の名作「睡蓮、柳の反映」がよみがえった。2016年に発見された作品は、上半分が失われるなど激しく損傷していた。しかし、飯塚里志助教(シス情系)らが開発した人工知能(AI)技術を活用し、欠損部分がデジタル復元され、晩年のモネがカンバスに載せた色彩などが推定復元された。
 「柳の反映」は実業家の松方幸次郎(1866〜1950)が1921年、モネから直接購入した。だが、戦後松方コレクションが日本に返還された時には同作は含まれておらず行方不明となっていた。
 
 偶然にも3年前ルーブル美術館の収蔵庫で発見され、昨年4月から国立西洋美術館で大規模な保存修復作業が始まった。
 
 同館は、絵画保存修復家らにより現存部分を最大限修復する作業と並行し、凸版印刷と共同で作品全体像の推定復元に取り組み、AI技術が使われた。
 
 作品の全体像が確認できる資料は、欠損前に撮影された白黒写真しか残されていなかった。
 
 困難な課題を乗り越えるために使われたのが、飯塚助教らが開発した、モノクロ画像をカラー化するAI技術だ。
 
 深層学習(ディープラーニング)と呼ばれる手法で大量のデータをAIに学習させ、自然な色を自動彩色させる画像処理技術で、過去の風俗や風景、災害や戦時中の写真のカラー化などに使われている。
 「柳の反映」の復元にあたっては、モネの作品写真400枚以上をAIに学習させた。それでも通常の深層学習より量が少ないため、作品画像を反転させるなどして情報量を増やす工夫をした。
 
 次に、現存する作品の一部をモノクロ化したデータを作り、AIに例題として出題、実物に近い色彩を導き出せるかテストした。その結果も踏まえて、AIの復元精度を高める作業を進めた。また、「柳の反映」はモネ晩年の作品だが、初期の作品も学習させ、モネ作品をより汎用的に復元できるようにした。
 
 作品の科学調査やこのAI復元を重要な参考に完成したデジタル推定復元図は、6〜9月に開かれた「松方コレクション展」で、人の手で保存修復されたオリジナル作品と共に公開された。
 
 池の水面は柳を映す深緑色で覆われ、転々と浮かぶ青い蓮の葉と小さな赤色の蓮花が3、4輪描かれている。筆跡はうねり、青、緑、紫の色彩が混ざり合う。浮世絵など日本の芸術を愛し、憧れ続けたモネの作品が日本で蘇り、数多くの来場者を楽しませた。
 
 このように、過去の色を鮮やかに蘇らせるデジタル画像復元だが、課題もある。
 
 自然な色合いのお手本がない人工物などは、AIが学習した中から平均的な色を選ぶため、セピア色に近い色彩をつけやすい。紅葉した木でも、学習傾向から葉を緑色に着色したりする。モノクロ写真しか残っていない絵画も、これに似た理由で復元が難しい。飯塚助教はそうした場面にも対応できるAIの開発を目指している。
 
 復元を終えた飯塚助教は「(復元画像の)受け取り方は色々。過去に思いを馳せ、考える契機にしてほしい」と語る。
 
 確かに画像のカラー化は、私たちに先人が見ていた光景や場面を実感を持って共有させ、その思いや感動までも呼び起こしてくれる。モノクロ映画のカラー化なども進み始めた。デジタル復元技術の今後の広がりに期待したい。