数理物質系 伊藤 良一 准教授
炭素原子が六角形状に並んで、1原子の厚みの平面を形成したものが、グラフェンという材料です。六角形だけが規則正しく並ぶときれいな平面(二次元)になりますが、ところどころに5角形や7角形が入ると、そこに歪み(構造欠陥)が生じ、平面の中に曲面、つまり、立体構造が形成され、平面の状態とは異なる性質を持つようになります。伊藤さんは、このような三次元構造を持つグラフェンを設計、合成し、新しい炭素材料を開発する研究をしています。
三次元グラフェンが特異な性質を持つ理由は多孔質という構造があるからです。多孔質構造は、スポンジのように、中に微細な空洞をたくさん含んだもので、曲面を形成するために多くの構造欠陥が導入されています。構造欠陥の部分に窒素などをドープできる、表面積が大きくなり他の物質との反応場が増える、空洞のサイズを調節して物質の輸送性を制御できる、といった特徴があります。また、二次元グラフェンは光をほとんど吸収しませんが、多孔質構造にすると光を95%も吸収します。ですから三次元グラフェンを水に浮かべておくと、太陽光を吸収し、その熱で水を温めることもできるわけです。
伊藤さんはこのアイデアを藻類の研究グループに持ち込みました。このグループは、藻類が産生するオイルなど(藻類バイオマス)を有効活用する研究を行っています。藻類バイオマスを活用するには、水中で藻類を培養した後に、水分を取り除くプロセスが不可欠で、遠心分離や凍結乾燥を用いるため、たくさんのエネルギーを消費します。代わりに、藻類バイオマスの表面に三次元グラフェンを置いておけば、太陽光エネルギーだけで水分を蒸発させてしまうことができる、と考えたのです。実際に共同研究をしてみると、藻類の細胞への熱ダメージもなく、効率的に水分の蒸発が促進されました。日照時間が限られるため、大規模なバイオマス全体から水分を取り除くには数日ほど要しますが、なにより手間もコストもかからないのがメリット。三次元グラフェン自体も再利用が可能です。また、蒸発した水も純度が高く、回収すれば農業用水や工業用水に利用できることがわかりました。
(これまでに、水素発生電極、燃料電池電極、亜鉛空気電池、リチウム空気電池、スーパーキャパシタ、水の蒸発材料、光応答性を持った材料、トランジスタ、などなど、炭素材料を使って様々な特性を実現した)
また、三次元グラフェンと、酸に溶けやすい金属(卑金属)を組み合わせることで、酸性電解液中でも腐食しにくい水素発生電極の開発にも成功しました。卑金属であるニッケルモリブデンのナノファイバーとシリカ粒子で多孔質構造を作り、その表面をグラフェンで覆った材料を電極に用いて、硫酸性水溶液中で水素を発生させると、通常は10分ほどで溶けてしまう電極を2週間も維持することができました。グラフェンにはシリカ粒子由来の小さな穴があり、卑金属を完全に覆わないので、腐食を抑えつつ、電極としての性能も保たれるのです。従来の電極には高価で希少な白金が使われており、これに替わる材料として有望です。
グラフェンを使って様々な材料開発に挑戦してきた伊藤さん。目下の研究テーマは二酸化炭素の固定化です。二酸化炭素の削減は全世界的な課題ですが、排出そのものを止めるのは現実的ではないでしょう。そこで、二酸化炭素を有用な物質に変換すれば、結果的に排出量を減らせる、と考えて研究に取り組んでいます。二酸化炭素からメタノールなどを作る方法は広く研究されていますが、伊藤さんのターゲットは、エネルギー源としてより使いやすく将来性のある水素です。まず、工場などで大量に発生する二酸化炭素を電気化学的に還元してギ酸を作ります。ギ酸は、適切な触媒を入れると低いエネルギーで水素を発生することから、水素を液体として運ぶ新たなエネルギーキャリアになり得ます。グラフェンは、その際の触媒として活躍できそうです。
炭素材料との出会いは、博士課程の指導教員がグラフェン研究の第一人者だったことでした。特に興味があったわけではありませんが、研究を進めてみると、次々と研究テーマが湧いてきて、奥深さを感じたそうです。確かに、炭素だけでできているのに、構造を変えたり表面を処理することで、様々な機能を追加できるというのは魅力的な材料です。伊藤さんが取り組む研究は、エネルギーや環境など、どれも社会が求める実用的な性能を引き出すもの。そこでブレークスルーをすることが、材料科学者の役割だと言います。まだまだやりたい研究がたくさんあります。
(炭素材料は華やかな研究対象ではないが、研究のタネには事欠かない)