コロナ禍での初めての在宅勤務が仕事や私生活にもたらした変化の経験 対人関係の良くなる人、働きすぎる人も | 大塚 泰正

代表者 : 大塚 泰正    中核研究者 : 岡田 昌毅  

大塚 泰正 Otsuka Yasumasa

それぞれの人が時間をかけて築き上げてきた仕事と私生活の調和は、コロナ禍で急に始まった在宅勤務によって乱されました。初めて在宅勤務を経験した人々の感じたさまざまな変化を調査し、ストレス反応や仕事の満足度、ワーク・ライフ・バランスなどとの関連を調べました。すると、「業務のしにくさ」「業務の長時間化」というネガティブな変化とともに、「ワーク・ライフ・バランスの取りやすさ」「業務に関連した対人関係の改善」などポジティブな変化があることも明らかになりました。

研究戦略イニシアティブ推進機構┃
初めての在宅勤務による7つの変化
2020年4月7日に7都道府県を対象に緊急事態宣言が発せられ、同月16日にはそれが全国に拡大されました。その結果、多様な労働者が十分な準備もなく在宅勤務を始めることになりました。私は臨床心理士として企業で定期的にカウンセリングも行っていますが、在宅勤務が始まると、労働者から働きにくさを訴える声が聞かれるようになりました。そこで、この実態を明らかにし、仕事や私生活にどのような変化の経験が起こったのかを明らかにしたいと考えました。

まず、56名への聞き取り調査、次いで923名へのアンケート調査をしました。いずれもコロナ禍で初めて在宅勤務をしたフルタイム労働者を対象としています。

聞き取り調査では、在宅勤務により、図1に示すような仕事と私生活の変化があげられました。コミュニケーションの難しさを指摘する声がある一方で、自己啓発の時間が取れるといった良い変化も聞かれました。

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図1 在宅勤務による仕事や私生活の変化の経験の上位20項目(単位は%)。2020年1月以降初めて在宅勤務をした、組織に所属する日本人フルタイム労働者56名への聞き取り調査を行った。調査は2020年6〜7月に実施。対象者の属性が偏らないように配慮したが、介護をしながら働く人は2名と少なかった。

聞き取り調査の結果をもとに、2020年9月下旬〜10月上旬に大規模アンケート調査をしました。その結果、仕事や私生活に起こった変化の経験は「業務のしにくさ」、「ワーク・ライフ・バランスの取りやすさ」、「業務に関連した対人関係の改善」、「家族との関係の改善」、「業務中の家族からの干渉」、「勤務の長時間化」、「部下評価の難しさ」という7つの因子に分類されることがわかりました。

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対人関係の改善が鍵を握る
アンケート調査ではこの7つの因子との関連を検証するため、従来用いられてきた仕事と私生活にまつわる指標(ストレス反応、仕事の資源、ワーク・ライフ・バランスなど)も合わせて調査しました。コロナ禍における在宅勤務とストレスに関する指標の関連についての先行研究はなく、先駆けとなったと思います。

分析の結果、たとえば「ワーク・ライフ・バランスの取りやすさ」は「仕事のコントロール」と関連していました。自分で仕事をコントロールできることは、私生活での時間の使い方とも関連していました(表1)。

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表1 在宅勤務による変化の7因子と仕事のストレッサー(ストレス要因)、仕事の資源の関係。プラスは正の相関、マイナスは負の相関を示す。青は水色よりも強い相関を意味する。「業務に関連した対人関係の改善」と「仕事の資源」に正の相関があり、日頃から対人関係の改善に配慮することが鍵になりそうだとわかる。

在宅勤務で起きた変化とワーク・ライフ・バランスとの関連では、対人関係において興味深い結果が得られました(表2)。「業務に関連した対人関係の改善」と「家族との関係の改善」は、ともに仕事→家庭、家庭→仕事へのポジティブ流出と関連がありました。

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表2 在宅勤務による変化の経験の7因子とワーク・ライフ・バランスの関連。業務の対人関係が良いほど業務だけではなく家庭にも良い影響があり、家族との関係が改善するほど、家庭だけではなく仕事にも良い影響がもたらされていた。

求められる新たなラインケア手法
本研究から、在宅勤務では、仕事と私生活が互いに影響を及ぼし合っているという状況が明らかになりました。これまで職場の問題解決のために上司が私生活に介入することはほとんどありませんでしたが、在宅勤務では、上司から部下へのケア(ラインケア)は、私生活にも配慮する新しい手法が必要になります。今後は、それを確立する研究にも着手していく予定です。

調査をして感じたのは、上司も部下も何となく遠慮しながら手探りでコミュニケーションを取り合っているということです。対人関係を改善して仕事の資源を高めるためにも、遠慮せずに必要なコミュニケーションをとっていけるようになると良いな、と思っています。

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大塚 泰正(筑波大学 人間系)
Project Name / 在宅勤務が仕事とプライベートの調和・不調和に及ぼす影響

(取材・執筆:大石 かおり サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

ー さらに詳しく知りたい方へ ー
●働く人への心理支援 開発健康センター[T-Oneラボ]
http://www.human.tsukuba.ac.jp/counseling/t-one-lab/
最新の研究成果やイベントなどに関する情報のお知らせ。本研究をまとめた投稿論文の情報もこちらから発信する予定。
論文では、仕事のストレッサー、仕事の資源、ストレス反応、ポジティブアウトカム、ワーク・ライフ・バランス、
ワーク・ファミリー・コンフリクトについての調査結果も掲載する予定。

 

Collaborators

岡田 昌毅(人間系、働く人への心理支援開発研究センター)
Okada Masaki, Faculty of Human Sciences, R&D Center for Working Persons’ Psychological Support
原 恵子(働く人への心理支援開発研究センター)
Hara Keiko, R&D Center for Working Persons’ Psychological Support
中村 准子(働く人への心理支援開発研究センター)
Nakamura Junko, R&D Center for Working Persons’ Psychological Support
有野 雄大(人間総合科学学術院)
Arino Yudai, Graduate School of Comprehensive Human Sciences
尾野 裕美(明星大学)
Ono Hiromi, Meisei University
糟谷 充子(電気通信大学)
Kasuya Atsuko, The University of Electro-Communications
須藤 章(人間総合科学学術院)
Sudo Akira, Graduate School of Comprehensive Human Sciences
髙橋 南海子(明星大学)
Takahashi Namiko, Meisei University
堀内 泰利(働く人への心理支援開発研究センター)
Horiuchi Yasutoshi, R&D Center for Working Persons’ Psychological Support
三好 きよみ(東京都立産業技術大学院大学 産業技術研究科)
Miyoshi Kiyomi, Advanced Institute of Industrial Technology

持田 聖子(ベネッセ教育総合研究所)
Mochida Seiko, Benesse Educational Research and Development Institute