動機づけ、先延ばし、目標、創造性、そして、生成AI...外山教授の研究テーマは、一見すると散らばっているように見えるかもしれません。しかし、それは一本の線でつながっていると、教授は話します。人が自分らしく、よりよく生きるための知見を積み上げ、それを実証し社会に返す、その往復運動を続けていきたいと話す外山教授の思いを伺いました。
なお、今回のインタビューは、ミラノ・コルティナオリンピックの期間中、日本のフィギュアスケートの選手が金メダルを取った直後に行われました。
ずっとスケートを観てきて、大きな大会のフィギュアスケートのビデオを何度も見返して、涙が出ることもあります。技術の完成度ももちろん素晴らしいのですが、それだけではなくて、その人の人生が見える瞬間があるんです。オリンピック級の舞台では、本当に実力だけでは決まらないものだなと思います。成功と失敗の差は、プレッシャーの受け止め方や、それを「本番」へどう結びつけられるかの違いに現れます。そこが面白く、同時に残酷にも感じています。
おっしゃるように、どのスポーツでも大舞台の勝負の後に「楽しんで臨めた」という言葉がよく語られるようになりましたが、それは単なる決まり文句ではなく、メンタルトレーニングの浸透や情報戦・心理戦の戦略化の表れにも思えます。重圧に押し潰されないために、意図的に「楽しさ」へと意味づけを変える——それは今の選手たちにとって、とても合理的な戦い方なのだと思います。けれど、全部が完全にできてしまったら、きっとロボットみたいでつまらないかもしれません。人は、意外性と不確実さの中でこそ、他者の物語に見入り、そこから学ぶのではないでしょうか。
心理学に踏み出す決定的なきっかけは、高校2年生のときの出来事でした。実は同級生が突然自殺したのです。私はその事実にしばらく心が囚われる中で、「自分に何かできなかったのか?」という自問から始まり、次第に「同じ状況でも、その選択をする人としない人がいる。その違いは何なのか」を科学的に知りたいと思うようになりました。その後、大学から大学院にかけては発達臨床を学び、児童相談所、プレイセラピー、子育て支援など、実践の現場に立ちました。個別の支援は尊いですし、そこで触れた手触りは今でも私の中心ですが一方で、目の前の様々な実例を超えて、行動の背後にあるメカニズムを掴みたいという思いも強くなっていきました。そこが明らかになれば、より多くの人に届く知見になるはずですから。私の研究は、実践の手触りと仕組みの解明を往復する中で、少しずつ形を得てきたのだと思います。
いえいえ(笑)、そんなことはないですよ。コンプレックスもありました。幼い頃、わたしは喘息で入院が続き、学業にも遅れが出て、「自分はできない」と感じていました。強い近視で牛乳瓶の底のような眼鏡をからかわれた経験もあります。けれど、弱さを知るからこその優しさ、諦めない持久力、あの時期のしんどさが現在(いま)の私を作ってくれたのだと思います。強さの基礎に弱さの記憶があることを、忘れたくありません。
私はもともと、やる気に満ちあふれているタイプではありません。だからこそ、いかに効率よく、再現可能に、モチベーションを高められるかに関心が向きました。ポジティブに未来を描くことは大切です。けれど、それだけだと現実の困難に折れやすい。理想を描くのと同時に、失敗や障害も具体的に想像して、ギャップを埋める行動へ落とす――この両眼視を大事にしています。達成後の姿を手に触れられるように描き、自分の内側にある障害を言葉にし、「もしXならYする」という実行意図まで具体化する。ネガティブな想像は悪いことではありません。不安があるからこそ対策が生まれ、準備ができます。理想と障害の二つのレンズを持つことが、本当のモチベーションにつながるのだと思います。
まず、結果目標よりプロセス目標にするのがポイントです。同じダイエットするのでも、「3か月で5キロ減らす」という結果目標ではなく、「週3回20分歩く」というプロセス目標にするわけです。自分でコントロール可能な行動単位に目標を置き直すと、成功体験が積み上がりやすくなります。達成の是非だけではなく、どれだけ自分が前進したかに目を向けること。進歩感は、内側から火をつけ直してくれます。先延ばしの相談もよく受けますが、「やる気が出たらやる」から「やるからやる気が出る」へと順番をひっくり返してみてください。とりあえず5分間だけやる、椅子に座る、パソコンを開く――などと、”開始の儀式”を決めておくと、始まりの摩擦が下がります。「始めるのがいちばん難しい」という心の性質に、やさしく寄り添う設計です。
そうです、そうです。やる気の話も様々な心理学的なメカニズムをもとに研究につなげています。
プレッシャー下のパフォーマンスにおいて、失敗をどう扱うかはとても重要です。成功と失敗は紙一重。だからこそ、失敗を単なる結果で終わらせない。まず、何が起き、何が起きなかったのかを言語化する。原因を、自分で制御可能なものと、制御の難しいものに分ける。フォーム、集中、ルーティン、セルフトーク……対策の粒度を一つずつ検証する。そして、自責や羞恥など情動のケアを含めて、再挑戦へ戻していく。わたしは”失敗”を、次の成功を準備するデータとして扱いたいと思っています。
私はここ数年、創造性と生成AIの関係に注目しています。何も考えず最初からAIに頼ると、発想は平均化し創造性は下がります。ですから、まず自分で十分に考えることが重要です。そのうえでAIの視点を統合すると、より良い解に到達できると考えています。その方が、アウトプットの質も学習の深さも高まりやすい。ポイントは、AIを「答えの自販機」としてではなく、「思考の相棒」として位置づけられるかどうか。分かれ目は順番と役割の定義です。「先に自分で考えてからAI」、私の研究室に貼りたい標語です。
AIの提示を「正解」として受け取らず、「反例探しの起点」にするという方法があります。自分の観点とAIの観点のずれを言語化して、接ぎ木する。統合は単なる足し算ではありません。自分の骨格の上に他者の視点を接いで形を変える作業です。もう少し具体的な話をすると、学生から「十分に考えるって何ですか」とよく聞かれますが、私は次の5ステップを勧めています。
1)ブレインストーミング(5〜10分):思いつく限り書き出す
2)観点整理(5分):3〜5個の軸にまとめる
3)一次案(10分):仮説・方針を言語化
4)AIに問う:観点と一次案を提示し、反例・不足視点・構成案を求める
5)統合:自分の骨格に”接ぎ木”するようにAIの視点を取り込む
AIを、「使う/使わない」という二分法ではなく、「いつ・どう使うか」というところを、よく理解しておいてほしいと思います。
チームの創造性は、多様性から生まれます。「何でもポジティブ」な人ばかりでも、「慎重すぎる」人ばかりでも、チームは回りません。楽観と悲観、攻めと守り、速さと熟慮といった、異なる特性が合わさって全体として強くなる。ポジティブ/ネガティブを善悪で裁かず、役割として意味づけ直すこと。例えば、慎重さは失敗確率を下げる重要な資産と言えます。ブレーキ役とアクセル役が両方いることが、結局は推進力になります。
そうだと思いますよ。(笑)
実は筑波大学の学際的な環境は、そうした多様性を自然に育みます。「ノーベル賞から金メダルまで」と言われるように幅が広いからこそ、分野横断の対話が日常に起き、外から自分を見直す視点をいつももらえます。
いえいえ、人前で話すのはあまり得意ではありません。だから設計で補います。例えば講義でも、自分が面白いと思える題材に寄せ、学生に届く伝え方を考える。授業は「正解の輸送」ではなく、「意味の共有」だと考えています。
一方で、書くことは好きです。論文執筆は、ある意味で趣味に近い感覚があります。構成を組み、段落の流れを整え、データと語り口の響き合いを作る作業が好きです。データが整い構成が定まれば、日本語なら短期集中で書き上げることも多いです。また、論文だけでなく、一般向けの本などの執筆も大切にしています。アカデミアの評価軸とは別に、エビデンスに基づく知見を社会へ還元したい。研究と社会の往復運動は手間がかかりますが、そこでしか得られない反応と責任が、次の研究を押し出してくれます。
「論文検索はどうしていますか」と尋ねられることも多いのですが、専門の文献だけでなく、専門外の人の意見も積極的に聞きます。心理学は日常の問題を深める学問です。映画でも書籍でも旅行でも雑談でも、どこにでもヒントが落ちています。調べて、自分の言葉で書いて、誰かに届ける。この一連のプロセスの中で思考が鍛えられ、仮説が磨かれます。「伝えること」は研究の一部なのだと考えています。
長い...ですね。笑
筑波という環境のことを最後に少しお話しましょう。ここには本当に幅の広さがあります。スポーツ、教育、医学、芸術と異なる視点に触れるほど、自分の研究の解像度が上がっていくのを実感します。学内の先生方の多様さは、私にとって大きな刺激です。「自分の専門」を深めながら、外に開く。そのバランスを、この環境が支えてくれています。
映画は大好きです。人間の心の機微を描く作品に惹かれます。ある作品を観て、「儀式は悲しみを統合し、残された者がもう一度歩き出すための大切な境界線だ」と、感じたこともありました。旅行、読書、日々の小さな出来事など、日常を高解像度で受け取る感性が研究の幅を押し広げてくれます。家族のことを言えば、娘の成長には驚きと喜びが尽きません。本当に人は、こんなにも面白い。素朴な驚きや感動が、研究や教育の根っこを静かに支えてくれています。
テクノロジーの発展は止まりません。だからこそ、AIを上手に使いこなしながら、主体性と創造性を伸ばす方法を、年齢や領域を横断して検証したいと思っています。対象は大学生に限りません。高校生、社会人、専門職...それぞれに最適な「AI協働の設計」や「自己調整のトレーニング」を探っていくつもりです。成果は論文だけでなく、一般書や講演、教育実践を通じて社会へ返したい。最終ゴールは変わりません。人が自分らしく、よりよく生きるための知見を、丁寧に積み重ねていく。それが私のこれからです。
こちらこそ、ありがとうございました。日々の中での小さな気づきや工夫が、少しずつ自分を前に進めてくれるのだと思います。そんなきっかけを、これからも届けていけたらうれしいですね。