滋賀医科大学動物生命科学研究センター、筑波大学、東京大学、大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)、京都大学、ブリティッシュコロンビア大学らの共同研究グループは、外来遺伝子をマウスのゲノムへ高効率に導入する新しいトランスジェニックマウス※1の作製技術を開発しました(図1)。トランスジェニックマウスは、遺伝子の働きや病気の仕組みを調べるために広く用いられています。しかし、従来の方法では、目的の遺伝子が導入された個体を得られる効率は、高くても約 20%にとどまり、最初に得られる初代個体※2で直接表現型を解析することは容易ではありませんでした。そのため、交配を経て次世代を得てから解析する必要があり、研究に時間がかかることや、多くの動物を必要とすることが課題でした。本研究では、DNA をゲノムに挿入する性質をもつ「トランスポゾンシステム※3」を用いたトランスジェニックマウス作製法を改良し、ほぼ全ての初代個体に外来遺伝子を導入できる条件を見出しました。また、この方法で作製し
た個体において、外来遺伝子が、発生の早い段階で導入されることを、次世代シーケンサーを用いた新しい解析法
により明らかにしました。
加えて、本技術とゲノム編集を組み合わせ、初代個体で組織ごとの遺伝子機能を迅速に調べる手法を開発しまし
た。従来の方法では解析までに 1 年以上を要することがありますが、本手法では、初代個体を用いることで、数週
間から数か月程度で表現型を評価できることが見込まれます。
本成果は、疾患モデルマウスの作製や遺伝子機能解析を効率化し、研究期間の短縮に貢献することが期待され
ます。また、目的に合わない個体を減らすことで、動物実験における使用動物数の削減にもつながる可能性があり
ます。
本研究成果は、2026年7月6日付で国際学術誌iScienceに掲載されました。
【研究の背景】
遺伝子を改変した動物は、病気の原因を調べたり、新しい治療法や薬の候補を評価したりするために欠かせない
研究基盤です。中でもトランスジェニックマウスは、他の生物由来または人工的に設計した遺伝子(外来遺伝子)を
体内で発現させることにより、遺伝子の働きや細胞・組織の機能を調べるために広く利用されています。
トランスジェニックマウスの作製には、受精卵の前核へDNAを注入する前核注入法が長く用いられてきました。
しかし、この方法では目的の遺伝子がゲノムに導入される効率が十分でない場合があり、最初に得られる初代個体
だけで解析に必要な数をそろえることは困難でした。
より効率のよい方法として、遺伝子を能動的に移動させる能力をもつトランスポゾンシステムを用いる方法が知
られていますが、それでも初代個体での解析に十分な効率を安定して得ることは課題でした。また、トランスポゾン
を用いて作製したトランスジェニックマウス個体において、外来遺伝子が体内の細胞にどのように分布しているか
を詳しく評価する方法も限られていました。このような理由から、多くの場合、得られた個体から次世代を作り、遺
伝子導入の状態を確認してから解析を行うことが一般的です。
もし初代の世代で効率よくトランスジェニックマウスを作製でき、さらに外来遺伝子が全身の細胞に広く導入さ
れて発現すれば、初代個体での表現型解析が可能となり、研究の効率化や使用動物数の削減に貢献できる可能性
があります。
特に、特定の組織だけで遺伝子を働かなくする「条件付きノックアウトマウス※4」は、生体内での遺伝子機能を調
べるうえで重要ですが、従来法では複数の遺伝子改変マウス系統を作製し、交配を重ねる必要があります。そのた
め、表現型解析に必要なマウスを得るまでに1年以上を要することがあります。
こうした背景から、初代個体で高効率に遺伝子導入を行い、そのまま表現型解析につなげられる技術の開発が求
められていました。
【研究手法・成果】
本研究では、piggyBac と呼ばれるトランスポゾンシステムを用いて、トランスジェニックマウス作製法の最適化
を行いました。具体的には、受精直後のマウス胚に piggyBac トランスポザーゼ※5 mRNA をエレクトロポレーショ
ン※6 で導入し、その後、目的遺伝子を含むDNAを前核へ注入する方法を検討しました(図2)。これにより、トラン
スポザーゼを受精直後から利用できる状態にし、外来DNAがより早い発生段階でゲノムへ導入されることを狙い
ました。その結果、初代個体のほぼ全てで外来遺伝子を導入できる高効率な条件を確立しました。
次に、研究グループは、外来遺伝子が初代個体のどの細胞にどの程度導入されているかを詳しく調べるため、
DNAバーコード※7とシングルセルRNAシーケンス※8を組み合わせた新しい解析手法を開発しました。その結
果、本手法による遺伝子導入は主に胚発生の早い段階で起こり、外来遺伝子が全身の細胞に広く分布して発現す
ることが明らかになりました。(図3)
さらに、研究グループは、この高効率なpiggyBac技術とゲノム編集を組み合わせ、初代個体で条件付きノック
アウトに相当する表現型を調べるScKiP法※9を開発しました。ScKiPでは、組織特異的にCreを発現させる仕
組みとgRNAをpiggyBacにより導入し、Cre依存的にCas9を発現するマウスと組み合わせることで、特定の
組織で標的遺伝子を破壊することを目指します(図4)。
本研究では、とある遺伝子を対象とした実験により、初代個体で目的とする表現型を観察できることを示しまし
た。これにより、ScKiP 法を用いることで、従来よりも短期間で組織ごとの遺伝子機能を調べることが可能となり、
候補遺伝子の機能解析を効率化できると期待されます。
【今後の展望】
本技術により、トランスジェニックマウスの作製効率が向上し、初代個体での表現型解析が進めやすくなることが
期待されます。これにより、疾患モデルマウスの作製や、遺伝子機能解析に要する時間を短縮できる可能性があり
ます。
また、従来は多数の個体を作製して目的の個体を選別する必要がありましたが、本手法により目的の遺伝子改変
をもつ個体を高効率に得られれば、使用する動物数の削減にもつながります。これは、動物実験における3Rs※10、
特に使用動物数の削減という観点からも重要です。
今後、さまざまな遺伝子、組織、実験条件で活用を進めることで、疾患モデル作製、発生生物学、再生医学、創薬
研究など、幅広い医学・生物学研究への応用が期待されます。