筑波大学グローバル教育院エンパワーメント情報学プログラムは、博士課程教育リーディングプログラムとして、平成25年度に文部科学省により新規に採択された。人間情報学をベースに、人間の能力や機能を補完・協調・拡張する様々な研究が進められている。
エンパワーメント情報学プログラムの最大の特徴は、その内容・人材の多様さだけではなくすべての活動がキャリアパスの出口を見据え、ビジネスの現場で活躍する多様な人材を育成・輩出している点にある。当プログラム設立の背景について、岩田先生は次のように語っている。
これらの人材養成目標を達成するため、情報学、工学、芸術、心理学、神経科学、臨床医学、看護科学、ビジネス科学、企業法学など多岐にわたる学問を横断的に学ぶことができるカリキュラムが組まれている。学生1名に対して5名の指導教員・アドバイザー教員がつくことで、幅広い視野から研究のブラッシュアップが可能になる。2年間の全寮制に加え(※H30年度現在)、1年次にはラボローテーションという仕組みが導入され、学生間の交流・連携も深められるシステムが整っている。
当プログラムの名称にもある「エンパワーメント情報学」とは、人間情報学をベースとした複合的な学問領域だ。
コンピューター、アーキテクチャ、そして通信というインフラストラクチャーとして始まったコンピューターサイエンス情報学は、今や人間に近しい形でメディアアート、知能ロボット、ヒューマコンピューターインタラクションという分野に大きな広がりを見せている。この人間に関わる情報学=人間情報学という広い枠組みの中で、「人間の機能を補完すること」「人間と機械を協調させること」「人間の能力を拡張すること」という3つの分野をエンパワーメント情報学と位置づけている。比較的新しい分野であり、広い学術領域を横断的に学ばねばならないため、博士(人間情報学)を出すことができる学位プログラムは日本では筑波大学だけである。
プログラムへの入学を目指すには、どのようなことを身につけておくべきなのだろうか。筑波大学の博士の一定の基準を満たしていれば、研究力としては担保されるが、エンパワーメント情報学プログラムでは将来のキャリアプランをいかに具体的に描いているかが重要だと鈴木先生は語る。
エンパワーメント情報学プログラムに所属する大学院生は、他の研究室と連携した成果を出したり、様々なコンテストへの出品など、従来の大学院生に比べて積極性・自主性が極めて高い。コンテストでの受賞数は所属する学生の数を越えるほどだ。優れた研究力と外部へ出ることへの積極性、その先でしっかりと実力を発揮できる実践力を身につけた成果であり、プログラムの人材育成目標は大成功だと言える。
鈴木先生・岩田先生から見た学生はどのように写っているのだろうか。
エンパワーメント情報学プログラムで磨き上げた「分野横断力」「魅せ方力」「現場力」は実社会での実践的な力として発揮される。佐藤さんは自分の専門研究以外の分野に飛び込んだが、すぐに自分の能力を活かせる道を発見できたようだ。
ここでは、実際にエンパワーメント情報学プログラムを履修中の学生に集まってもらい、現在の状況や目標を語ってもらった。多種多様な人々との切磋琢磨や全編英語での授業など、多忙ながらも楽しみながら学生生活を送っている様子を垣間見ることができた。
毎年2月には、エンパワーメント情報学プログラムの通年必修科目である「エンパワーメントプロジェクト研究(以下PBR)」の成果発表会が実施されている。PBRは新入生によるプロジェクト型のグループワーク形式の科目であり、自分で行う博士論文研究とは異なり、学年や専門分野の異なるメンバーが協力し合いながら、エンパワースタジオの設備を用いて人の能力を補完・協調・拡張するためのインタラクティブなシステムの提案・実装・発表を行っている。
誰でも自由に観覧が可能で、1年間のプロジェクト研究の成果を体験することができる。
本プログラムの学位授与式はこれまでにない特色を打ち出している。
グローバル教育院の中でも主要な施設であるエンパワースタジオにおいて、世界最大級のVirtual Realityシステム「Large Space」にシベニクの聖ヤコブ大聖堂を投影。桜が舞い散る華やかなバーチャル空間が演出されている。
これまで2016年度、2017年度修了生7名は全員が就職。就職先は、大学等教育機関1名、公的機関1名、民間企業4名、起業1名。具体的な例として、(株)島津製作所における医療福祉に役立つ未来ロボットの開発(生体医工学分野出身の履修生)、マツダ(株)における人間中心なHMIの研究開発の担当(心理学分野出身の履修生)などがある。
今後、多様な文化的背景を有する人々が集まる国際社会において、医療・産業・芸術など様々な分野で「人をエンパワーする」システムの創出が求められるだろう。「分野横断力」「魅せ方力」「現場力」を身につけることで、専門的研究力を確保しつつ、イニシアティブを発揮できるグローバルな人材として活躍が期待されている。
岩田 洋夫
筑波大学 システム情報系 教授
1986年 東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)、同年筑波大学構造工学系助手。現在筑波大学システム情報系教授。バーチャルリアリティ、特にハプティックインタフェース、ロコモーションインタフェース、没入ディスプレイの研究に従事。SIGGRAPHのEmerging Technologiesに1994年より14年間続けて入選。Prix Ars Electronica 1996と2001においてインタラクティブアート部門honorary mentions受賞。2001年 文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞。2011年 文部科学大臣表彰 科学技術賞 受賞。2013年より、文科省博士課程教育リーディングプログラム「エンパワーメント情報学プログラム」リーダー。2016年より、日本バーチャルリアリティ学会会長。
鈴木 健嗣
筑波大学 システム情報系 教授
1997年早稲田大学・理工学部・物理学科卒。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学理工学部応用物理学科助手、筑波大学講師、准教授を経て、2016年筑波大学教授。現在に至る。 1997-1998年、イタリア、ジェノヴァ大学工学部(音楽情報研究室)客員研究員。2009年、フランス、カレッジ・ド・フランス(知覚・運動生理学研究室)客員研究員。専門は人工知能、拡張生体技術、サイバニクス。