学習者・支援者がともに「生きる力」を育む オンライン日本語支援の体制づくりと実践 | 澤田 浩子

代表者 : 澤田 浩子    中核研究者 : 松崎 寛  入山 美保  井出 里咲子  長田 友紀  菊地 かおり  

澤田 浩子 Sawada Hiroko

日本語学習が必要な外国籍・日本国籍の子どもに対して、筑波大学の学生たちが遠隔で支援する仕組みをつくり、実際に支援にあたっています。子どもたちには、日本語力の向上だけでなく、学びへの意欲や人間関係の構築といった点でも成長が見られます。また、学生の日本語サポーターたちにも、指導力の向上はもちろん、実践経験を通して社会との関わり方を体得する姿が見られます。学ぶ側と支える側の双方にとって、「生きる力」が育まれるこの仕組みを、より広く持続的に展開させることを目指しています。

「キックオフ」は新幹線で

日本で暮らす外国人住民の数は増えており、日本語の理解が十分でないまま学校の授業に臨まなければならない子どもたちも多くいます。そのため学習の遅れが高校進学率の低さに現れるなど、日本語の指導不足が問題化しています。

学内で日本語教育人材育成の充実を仲間の教職員と図っていた際、2019年に先進自治体である静岡県浜松市を視察する機会を得ました。帰りの新幹線で、同行した茨城県教育委員会の方と「ぜひ茨城でも取り組みを」「広域をカバーできる方法を」と課題意識を共有し、連携してオンライン日本語指導の支援体制を構築することになりました。その後、コロナ禍で遠隔支援の必要性が顕在化してきました。

 

支援者を授業で養成する

実践に向けて、2020年度には「外国人児童生徒支援研究」という1単位の授業を開講し、大学生たちを養成しました。経験豊富なゲスト講師を招いて、子どもたちに対する日本語支援の基本的な考え方を講義していただいたり、大学生に小中学校での授業を想定した教案を作成し、実演してもらったりしました。

図1 支援に向けて授業以外でも準備を進めた。(左)保護者・生徒を招いての説明会。(右)生徒と学生との対面交流会。

 

遠隔でも効果が感じられた実践

いよいよ実践です。「外国人児童生徒支援実習」という3単位の授業を開設しました。公立中学2校の生徒たち計9人に対して、学生14人の「日本語サポーター」がオンラインで日本語学習を支援します。1対1が基本で、学生は生徒の日本語能力に合わせた自作教材を使います。

モニター越しだとかえって生徒の表情をよく観察できるので、理解度をよく読み取れます。また、教室の壁に向かって机・椅子とモニターを置いてもらったところ、通常より集中力が持続した生徒も見られました。「遠隔」を効果的に活用する示唆が得られました。

図2 2020〜21年のオンライン日本語学習支援。茨城県教育委員会から紹介のあった筑西市立下館南中学校と阿見町立朝日中学校の生徒が学んだ。片道2−3時間かかるような学校でも、移動時間の負担がないので大学生による支援ができる。
(左)授業中に対象生徒は別教室で個別に授業を受ける「取り出し授業」方式。大学生がパワーポイントで自作した地図などを画面に示し、「わたしはふくしまからきました。◯◯ちゃんはどこからきましたか?」「マニラから!」などとやりとりする中で日本語を学ぶ。(右)その学習の記録。

 

日本語支援で「生きる力」を育む

学習支援の開始から半年。初歩の学習を必要とする生徒の日本語のアセスメントの得点が大きく伸びるなど、その成果に学生や学校の先生たちも喜んでいます。しかし、成果は日本語力の向上だけではありません。生徒たちからは、大学生との1対1の時間を通じて、家族や先生以外の年長者との人間関係を築いているようすが感じとれます。「高校って楽しいかな」と進学に興味をもちはじめた生徒もいます。

学生たちも貴重な経験をしています。「◯◯ちゃんが待ってるから」と準備に励む学生。「母語でも支援できたらいいのに」と提案してくる学生。「貢献したい」と「時間が足りない」の間でつぶれそうな心を泣きながら伝えてくれた学生もいましたが、それを乗り越えたのちにプロジェクトへの新たな改善案を出してくれるなど、責任感の成長も感じました。落ち込みや喜びを経験しながら、社会との関わり方を学んでいるにちがいありません。

生徒と大学生がともに「生きる力」を自ら育むこと。真の成果はそこにあります。

 

連携を増やし、支援を広げたい

日本語指導が必要なのに、日本語指導担当の専任教員が配置されていない地域の児童・生徒は茨城県内だけでも約500人います。今後は、教職課程のある他大学や、体系的な支援システムづくりに協力していただける企業、また日本語教育のスキルをもつボランティアの市民・団体、NPOなどと連携し、支援ネットワークを拡大していければと考えています。

図3 本プロジェクトで構築している日本語学習支援のネットワーク。

 

澤田 浩子(筑波大学 人文社会系)
Project Name / 外国人児童生徒のための遠隔日本語支援

(取材・執筆:漆原 次郎 サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

ー さらに詳しく知りたい方へ ー
●NHKハートネット「外国ルーツの子どもたちと作る学校」
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/340/
外国ルーツの子どもたちが増える中で、教育現場で何が起きているのか、ある学校と自治体の取り組みを取材した記事で、
具体的な課題を知るのにとてもわかりやすいページです。

●毎日新聞 連載「にほんでいきる」
https://mainichi.jp/ch190124862i/にほんでいきる
外国ルーツの子どもたちの学ぶ権利、生きる権利について、教育、行政、地域、労働環境など
さまざまな視点から描いた連載記事です(ただし、有料記事が含まれます)。

●文部科学省「CLARINETへようこそ:帰国・外国人児童生徒教育情報」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003.htm
「外国人児童生徒受け入れの手引き」や「外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメント(DLA)」などの
学校での受け入れに必要な基本情報など集約したサイトです。

●国際交流基金日本語国際センター発行の日本語教材『まるごと 日本のことばと文化』
https://www.marugoto.org/download/
通称『まるごと』。到達目標を「日本語を使ってなにがどのようにできるか」という課題遂行(Can-do)の形で設定している。
入門から中級までの各レベルが揃う。今回の支援プログラムでは学習目標の設定のしかたなどの参考にした。

●文化庁文化審議会国語分科会「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)改訂版」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kokugo/kokugo_70/pdf/r1414272_04.pdf
外国人就労者などに対する日本語教師の資質・能力や教育内容・カリキュラムなどを検討し、取りまとめた報告書。
今回の日本語サポーター養成のカリキュラムづくりで参考にした。

●茨城県教育委員会「日本語指導ボランティア」
https://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/gakkou/shochu/gakuryoku/j-volunteer.html
日本語指導を必要とする帰国児童生徒や外国人児童生徒の指導充実に向け、協力を募る。

●文化庁「日本語教育の推進に関する法律について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/other/suishin_houritsu/index.html
多様な文化を尊重した活力ある共生社会の実現・諸外国との交流の促進並びに友好関係の維持発展に寄与することを目的に、2019年6月に法律が成立。

 

Collaborators

松崎 寛(人文社会系)
Matsuzaki Hiroshi, Faculty of Humanities and Social Sciences
入山 美保(人文社会系)
Iriyama Miho, Faculty of Humanities and Social Sciences
井出 里咲子(人文社会系)
Ide Risako, Faculty of Humanities and Social Sciences
 
長田 友紀(人間系)
Osada Yuki, Faculty of Human Sciences

菊地 かおり(人間系)
Kikuchi Kaori, Faculty of Human Sciences